連載

海女モチーフの萌えキャラが「おぞましい」理由

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乳袋という表現

 この問題の論点を、「乳袋」という表現の問題として局所的に捉えることもできるでしょう。美学的な問題としてです。以下、あえて難しいことを言ってみるテスト的な物言いになりますが、アメリカの美術批評家、ハル・フォスターの理論を借用すれば、この非現実的な表現は「おぞましいもの」を喚起してしまいます。そのおぞましさは、ハンス・ベルメールが作った球体関節人形のもつおぞましさ、不気味さとも繋がっている。よく見知ったもの(女体)なのに、別なもの(非現実的な表現)として提示されることによって、ものすごく不気味で、気味が悪く、忌避したくなるものとして受け取られてしまう。

 こうした「おぞましいものの喚起」について制作者は無自覚だったに違いありません。無自覚だからこそリリースが可能なのです。ただ、そうした無自覚さ、無感覚さは碧志摩メグに限った話ではないように思います。

おぞましさに慣れてきている人々

 国民的な少年漫画として売れ続けている『ワンピース』(尾田栄一郎/集英社)が良い例です。登場人物のナミやニコ・ロビン(Wikipediaによれば、前者はバスト 98cmのJカップ、後者はバスト100cmのJカップ。JはジャンプのJなのか!?)は、私からすると碧志摩メグと同じようにおぞましく、不気味な造形のキャラクターなのですが、出社すれば彼女たちのフィギュアを机の上に飾っている男性の同僚が平然とした顔で仕事をしている風景があります。「そのフィギュア、気持ち悪くない?」と彼らに尋ねても「え? 『ワンピース』のキャラだよ? 普通でしょ」という反応が返ってくる。

 碧志摩メグへの批判に対して、それを擁護しようとする人が「なんでこんなことで怒らなきゃいけないの? 神経質になりすぎだよ」と反論するのも、同じような慣れなのでしょう。「乳袋」は彼らが日常的に目にする作品群においてはごく普通の女体デザインの1パターンと化しており、「おぞましいもの」ではなくなっている。

 「乳袋」や『ワンピース』の女体のような、現実離れして性的な表現自体が規制されるべきだ、と申し上げるつもりはありません。しかし、そのおぞましさに慣れてしまった側が、無自覚に「これぐらいなら普通で許容されるだろう」となってしまうのは危険だと思います。それこそ、ゾーニングしていれば規制されずに愛好者で楽しめていたものが、規制対象になってしまう。

 「萌え」とか「クール・ジャパン」という言葉のオブラートに包まれていますが、このような表現は、見慣れていない人にとっては「二次元ポルノ」そのものであり、ギョッとするデザインであることを忘れてはいけないでしょう。二次元でも三次元でもポルノはポルノとして楽しめば良く、公式キャラクターにわざわざポルノ要素を内包させることはないのでは。そういうのは、もっと秘めやかに楽しまれるべきなんじゃないのか、と、時には出張先で成人雑誌を見ることもあるイチ会社員男性として思うのです。

■カエターノ・武野・コインブラ/80年代生まれ。福島県出身のライター。Twitter:@CaetanoTCoimbra

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カエターノ・武野・コインブラ

80年代生まれ。福島県出身のライター。

@CaetanoTCoimbra