現在放送中の深夜アニメ『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』(『下セカ』)が大変面白いです。原作は2012年から続くライトノベル。マンガ化もされておりメディアミックス盛んな作品です。
舞台は少し未来の日本、16年前に制定された「公序良俗健全育成法」という法律によって、性的な言葉(下ネタ)が失われ、人々から性知識が著しく欠如し、「赤ちゃんは男女が真面目に心から愛し合っていれば何もしなくても自然と生まれてくる」と高校生がテストで回答することが正解になっています。
人々は首と手首に着用を義務付けられた超小型情報端末「PM」によって卑猥な単語を規制され、違反者は警察内の専門組織「善導課」によって即逮捕、執行猶予なしの実刑に処されるという状況のこの世界で、「健全できれいに生きる」ことを強いられています。
この作品の主人公は、国会議事堂の前でコンドームをばらまくという下ネタテロ行為によって逮捕された父と、警察の善導課で卑猥物取り締まりの現場指揮を行う母を持つ、男子高校生「奥間狸吉(おくま・たぬきち)」。彼は、「公序良俗健全育成法」によって両親を逮捕され天涯孤独になった「華城綾女(かじょう・あやめ)」などの仲間たちと共に、下ネタテロ組織「SOX」のペロリスト(テロリスト)として、下ネタという概念が存在しない健全できれいな(退屈な)世界に戦いを挑みます。
すべての穴が卑猥認定される世界
下ネタテロ組織「SOX」は、2015年現在の日本であっても逮捕案件になりそうなテロ行為を繰り返し、世界を変えようと奮闘します。《雪原の青》を名乗る華城綾女は、女性もののパンツを目出し帽のように被って顔を隠し、バスタオルをマント状に被っただけの(タオルの下は着衣なし)露出狂スタイルで下ネタを叫びまくります。他のメンバーたちも、「公序良俗健全育成法」制定前に発行されたエロ本を探し出し人々に配布したり、発掘したエロ本の二次創作によってエロの知識を広めたり、ロストテクノロジーのごとく失われたオナ○ールやロー○ーを研究開発したり、ハエの交尾の映像を見せることで「世の中には『セックス』という行為が存在すること」を学生に気付かせたりetc.……悪く言えばエロテロ、よく言えば性知識の啓蒙活動です。
作品世界では、下ネタという概念も存在しなければ、セックスもオナニーもその存在を完全に秘されています。性的な知識を持たないことが善とされ、下ネタが全て失われてしまった世の中では、下ネタを取り締まる側も「何が卑猥なのか」を完全に見失っています。性知識を持たないゆえに情欲と恋愛感情の区別がつかない人物も描かれ、単純にお下劣な下ネタを楽しめるだけではない、非常に風刺的なディストピアSFとなっています。
狸吉の通う高校の生徒会長アンナ・錦ノ宮は、「健全できれいに生きる」ことを信条に下ネタを心から憎み、取り締まる女性です。「愛のために行う行為は全て正しく、正しい行為のためならば何をしても良い」という非常に偏った正義感・倫理観を持っていますが、性知識を持たないためか情欲と恋愛感情の区別がついておらず、「狸吉への愛情」の表現として、ストーカーや不法侵入、包丁などを使った脅し、強姦未遂etc.色々アウトなことを、「愛のために行うこの上なく正しい行為」と信じて行うのです。
風紀の取り締まり強化のために狸吉の高校に派遣されて来た長髪の男性「月見草朧(つきみぐさ・おぼろ)」は、卑猥なものを取り締まるために性知識を知っているとはいえ、形式的な知識としてだけなので、その取り締まりはかなり雑。「トイレットペーパーの芯(の空洞)」や「バスケットゴール」といった穴を卑猥という理由で違反認定したり、「バレーボールネット」は網タイツのようだから卑猥だとして取り締まったり、判断基準が明後日の方向へいっています。
下ネタを無邪気に言祝ぎながらも、主人公たち「SOX」メンバー(ペロリスト)は、若者に正しい性知識を与え、性欲を肯定的に楽しむことの啓蒙活動としての下ネタテロ行為をしていきます。彼らペロリストと、「健全できれい」であるために行き過ぎた規制やわいせつ行為と気付かずわいせつ行為をする生徒会長や風紀委員たちの鮮やかな対比。この作品は、表現規制の問題だけでなく、現行の性教育への批評性を兼ね備えているところが画期的で、一元的でなく多視点から物事を描いています(「よくせい(抑制)」の中には「せいよく(性欲)」が潜んでる。と歌うエンディングテーマも魅力的です)。
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