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自傷痕ってめんどくさい! それでも傷痕を消さない理由

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傷痕ばれたら、まさかのサイコ認定

そんな感じで相変わらず音楽は聞いていた私、件のコミュニティでロック好きの仲間ができて、その中の男子にちょっと惹かれ始めたのです。

ソラさんとは付き合ってるのか惰性で会っているのか分からない中、私は「これではいかん」と思い、ソラさんに別れ話を切り出しました。受動的なソラさんは、これにもさして異論を唱えませんでした。なんだかんだで二年半のお付き合いとなりましたが、彼とはここでグッバイいたしました。

それからえらい目に遭いました。私にも非のあることなのですが。

フリーになったから気になるアイツに急接近! と日々奮闘していた頃。気になるアイツと仲のいい男子と話している時、私は彼の手首に傷があることに気づきました。思わず、「ああ、アンタも? 私もだよ」的なことを口走ってしまったのです。傷を隠していたのに、つい言ってしまったのです。その男子は、後から聞いたら、だいぶ私を嫌っていたようです。

「サキが長袖を着てるのは傷を隠すためだ、アイツは狂ってる。サイコだ」

みたいなことをコミュニティで吹聴され、結局私はそこに出入りできなくなってしまいました。これも私が悪い話ではあります。あまりにも軽率でした。気になるアイツに近づくための熱烈なアプローチが誤解を受けたりもしてましたし、言語の問題もありましたが、他人の自傷に軽々しく声をかけてしまったことは、今でも反省しています。

この一件がきっかけで、私は更に執拗に傷を隠し、自傷の話題に過敏になります。

私が傷跡を消さない理由(ワケ)

時を同じくして、上記の十針縫った自傷と並んで未だ私の左腕に残っている傷が出来ました。ある朝、母親がのんびりと寝ている私を起こしに来るなり、悲鳴を上げて私の左腕を掴んだんです。

……ああ、またか……。

私はまぶたをこすりながら、ちょっと痛みの残る左腕を見ました。英語のフレーズが、彫られていました。好きなバンドの歌詞の一部だとすぐに分かりましたが、記憶はありません。

「アンタ、昨日は楽しかったんじゃないの?」

母親が言いました。

昨日?

「東京で誰かのライブに行ったでしょう、覚えてない?」

言われてみれば、某バンドのライブに行った、という『事実』だけは思い出せました。しかし、ライブが実際どうだったかとか、どう思ったかとか、『実感』は皆無でした。

傷の手当てをしながら、私は首をひねりました。腕に彫られている、というか私が彫った歌詞は、確かに私が好きな70年代のパンクバンドのものでしたが、前日に見に行った日本のバンドとは無関係だったからです。

記録は、と思って枕元のノートに手を伸ばすと、うわー、血まみれ。何が書いてあるかも読めません。これは酷い。

このように、「トリガー(きっかけ)はあったかもしれないけど記憶がないから理由が分からない自傷」は、この時期多かったように思います。切る理由は切ってる私しか知らないのに、その私が理由を忘れたら本当に永遠の謎です。

私が「傷の数だけ理由(ワケ)がある」と言いたいのはこれも加味したもので、たとえ私自身が忘れてしまっても、切った時には何かしらの理由があったと思うからです。傷の数だけあるはずの理由(ワケ)をも、私は忘れていました。でも自傷に及ぶほどの理由です。私はそれらをなかったことにはしたくありません。

私が今でも自傷の痕を消そうとしないのは、この辺も大きな理由です。

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戸村サキ

昭和生まれ、哀愁のチバラキ出身。十五歳で精神疾患を発症、それでもNYの大学に進学、帰国後入院。その後はアルバイトをしたりしなかったり、再び入院したりしつつ、現在は東京在住。

twitter:@sakitrack