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恋愛に興味のない『俺物語!!』砂川がストーカー被害者として描かれないことについて

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(C)柴田英里

(C)柴田英里

 前回は、『俺物語!!』の恋愛観は、「力強く男社会で評価される男」と、「自主的に抜群の女子力を発揮する女」の、非常に保守的であることを書きました。これに対して、「『俺物語!!』はギャグだから。」という意見や、「『俺物語!!』のヒットは、イケメンなのに恋愛しない砂川の人気もあるのでは?」という意見などがあったのですが、確かにこれらは重要な指摘です。

 主人公・剛田猛男の親友で、マンションの隣室に住み、猛男一家とは幼い頃から家族ぐるみで付き合いがある砂川誠は、幼い頃からモテモテのイケメンですが、恋愛への興味が薄く、恋人がいません。今まで砂川に告白してきた女子のことも、「皆陰で猛男の悪口を言っていた」という理由でバッサリ断っており、言ってみれば「彼女いない歴=年齢」です(高校生ですからめずらしいことではないですが)。砂川自身が恋愛願望を語る場面はなく、猛男に「好きなやつ 早くできると いいな!!」「おまえに 好きなやつ できるといいな!」というようなヘテロモノガミー恋愛の賛美発言をされるたびに、「……オレ 今まで おまえみたいに 女子のこといいなって 思ったこと ないわ……」「オレ 今これで けっこう楽しいから」と、異性にあまり興味がないことや、恋愛しなくても充実した毎日を過ごしていることを伝えています。しかしヘテロモノガミーの恋愛がこの世の最も素晴らしいことだとでも思っていそうな主人公の猛男は、砂川が大事な友人だからこそ、自分のように恋愛の楽しさを味わって欲しいと常々思っているようです。

 猛男の砂川への気遣いは、本当に、大きなお世話ですよね。恋愛や結婚や妊娠出産などの人生のあり方に対して、「友達の幸せを願って」という大義名分によって、自分の理想を押し付けることは、女性同士だったら「マウンティング」と言われるNG行為ですし、当たり前ですが、自分が思う“幸せ”の形は、他人のそれとは違います。

 『俺物語!!』は確かにギャグが多い作品ですが、猛男が砂川に恋愛の素晴らしさを説くシーンはギャグとして描かれませんし、ヒロインの大和が猛男に惚れた理由も、砂川のことが10年以上好きな天海悠紀華が砂川に惚れた理由も、ギャグとしては描かれません。

 大和は猛男に、痴漢や工事現場の鉄骨から守ってもらったことで好意を抱き、天海は幼稚園の時ドッジボールで砂川にかばってもらったことから好意を抱くようになります。個人的には「吊り橋効果くさいよなあ」とか「正しく行使される男性性は女性に評価されるということか?」とか、「『俺物語!!』に登場する女性キャラクターは、男性キャラクターに守られたい願望がすごく強いよな(※1)」くらいのことしか思いませんが、重要なのは、女性である大和に襲いかかる痴漢や、猛男の元同級生の女子に電車やコンビニでつきまとう男などはきちんと「悪」として描かれているのに、10年以上砂川にストーカー行為をしている天海の好意と行動は、時にギャグとして描かれることはあっても、「悪」としては描かれないということです。

(※1)大和の友人と猛男の友人が付き合うエピソードで、女子にからむしつこいナンパを追い払うためにナンパに注意するのではなく、威圧感があってべらぼうに強い猛男を呼びにいくという方法を選んだことですれ違いがおきたことが象徴的ですが、一番確実に危険を回避する方法よりも、「男が女を守った感」が求められているように思います。

 つまり、女性が被害者で男性が加害者である場合は、きちんと「悪いこと」として描かれるのに対して、女性が加害者で男性が被害者である場合は、「ちょっぴり暴走気味の恋心」で片付けられてしまうのです。

 10年もののストーカーが「ちょっぴり暴走気味の恋心」で片付けられてしまうというのは、常識的に考えれば、実在する被害者にとってセカンドレイプに他なりません。そして、セカンドレイプから守られなければならないのは、女性被害者であっても男性被害者であっても同様です。

 私が『俺物語!!』において最も驚いたことは、砂川が前述の10年ストーカーである天海を振った話が、主人公猛男の「誰かを 好きになって 泣くこともある だけど やっぱり 誰かを好きになるっつーのは いいよな」というモノローグによって締められていることです。

 女性加害者に対して、甘すぎやしませんか(男性被害者に厳しすぎるとも言えますが)?

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」