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Family? CASE1「村のように賑やかな家」前編~娘Kさんの場合~

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Kさん あー、そうかもね。中学とか高校行ってたころは、後輩でも仲良い子はいたけど、私のこと年上だと思ってない感じの子ばっかりだった(笑)。私も後輩とはあんま思ってなかったしね、普通に友達。その子たちとは今でも会うくらい仲良いよ。それと、大人云々もだけど、そういえばウチの場合、国籍もいろいろだったね。アメリカ人もドイツ人もフランス人も身近にいたよ。あ、そして何故か母さんがうちに連れてくる友達はみんなシングルマザーだった(笑)。R(=ダイニングで他の友人と談笑中)のお母さんもそうなの。

友人T Kちゃん家の特徴はさぁ、もちろんKちゃんの家族構成とかも特殊だけど、やっぱりこの家にどんどん人が集まってくるとこにあると思うんだよね。

――自分も将来、同じように人の出入りが多い家庭環境にしたいと思う? Kさんの恋人や旦那さんみたいな人の友達がたくさん自由に遊びに来たり、子供の友達が入れ替わり立ち代りやって来たり。

Kさん んー、別にわざわざしたいとは思わないけど、なるんじゃないかな(笑)。もう気付いたらこうだったし、これが当たり前みたいなところあるから。

友人T そっかー、でもまぁ世間的には多分やっぱ特殊だよね。友達も母親も母親の恋人も同じ空間にいたりするって。今はMさん(=Kさんの母)出かけてるけど、居る時は、Kちゃんや私たちKちゃんの友達と、普通に友達みたいに喋ってるじゃん?

Kさん 今は友達みたいに喋ってるけど、私にも反抗期はあったよ! 中学・高校の間は反抗期だったと思う。母さんの勝手なところにすっごいイライラしてた。高校になってバイト始めてからはお金貸したこともあった……(笑)。

――お母さんがKさんを“大人扱い”するのが早かったのかな。

Kさん そうそう。だから、友達ん家に遊びに行ったときに、ケーキとかジュースとか出してくれる“お母さん”というのに遭遇しても、もう私の中では“母親”っていうのがそういうのじゃないんだよね。

――一般的にイメージされる“母親”と、Kさんにとっての“母親”は違って、でも違うことを受け入れてたと。

Kさん 特に私が小さかったときは、母さん夜、家に居ないことも結構あって、ご飯とか洗濯とか自分でしなきゃいけないことも多かった。だから、そのお陰でしっかりしたよ。結構まじめだったから、帰ったら宿題もちゃんとして、優等生だったの(笑)。そこそこ何でも自分一人でできる感じだった、小1くらいから。

――すごい! 立派だ。私は今ちょうど妊娠中だから、親としての教育とか使命って何だろうっていうことについて考えてて。もちろんケースバイケースだからその場になってみないと必要なことなんて分からないけど、基本的に「親だから!」ってわざわざ子供に教えなきゃいけないこととか、案外ないのかもしれないって思い始めてる。そりゃ、もちろん親の振舞いを見て育つんだろうけど、でも教えられても教えられなくても、大概のことは子供が成長過程で自分で気付いていくっていうか、むしろ本当に意味が分かるまではいくら言われてもできるようにならない。身につかない。だから、ほんと究極を言うと、帰ってくる場所を作っておく、とかそれくらいかな、親としてやるべきことって。とか思ったりしてる。

Kさん うん、ほんと家さえあればね。寝るとこがあればどうにかなるよ。極論だけど(笑)。私は母さんの教育方針は別に間違ってなかったと思う。人から「Kは苦労したんだね」みたいに言われることもあるけど、自分では別に苦労してると思ってないし、むしろ他の家庭より甘やかされてるんじゃないかと思うこともある。

――いったん家を出て自活して、でもいつでも帰っていい場所だってわかってたから今は帰ってきているわけだもんね。

Kさん 私、高校は中退してるし、タバコも酒もしてるけど、警察のお世話になったこととかはないし、真面目に働いてるじゃん(笑)? 根本的にグレなかったのは、なんだかんだで母さんの愛情がちゃんと伝わってたからだと思う。だから、寝るとこと愛情があれば大丈夫だよ(笑)!

――私は中学で「学校面白くない」って不登校になったんだけど、Kさんが高校を中退した理由は聞いてもいい?

Kさん 高校入ってバイト始めたら働くのが楽しくて、しかも昔から母さんに「うちはお金がないんだ」って言われてたから、自分で稼いで自分で生きてかなきゃいけないんだって思ってたし、それだったら早い方がいいんじゃないかと。勉強する意味もあんま分からなかったし。でも、母さんその時だけは「高卒だけは取っといてくれ」って言って、すごい喧嘩した。それで結局、母さんがお金も出してくれて、通信にいって高卒資格を取ったの。それと同時に家を出た。その時も母さんとは些細なことから、よく喧嘩してたし、1年は家に帰らなかった。全く会わなかったし。

――その時は「家を出ること」が目的で、出たの?

Kさん うん、出たくて、出た。単純にそのまま家にいるのが無理だと思って。もう高校出たら大人って感覚もあったし、まだ弟は5~6歳だったから、これからは弟にお金とか母さんの手をかけなきゃいけないとも思ったかな。だからとりあえず「家離れよう」って。それから4年くらいか、一人暮らしして、それはそれで、普通にやっていけたけど、ただ家賃がもったいないなとは思ってた。実家が都内でアクセス悪くない場所にあるのに。

次回、母Mさんへのインタビュー

さて、少し切れ方が唐突ですが、実はこのあと母Mさんが帰宅してからのMさんへのインタビューが続きます。こうしてウェブ版にしてみると結構な長さのインタビューに見えますね。ということで、前編はこれにて一旦。

次回、T家のインタビュー後編、お楽しみに。

(ヒラマツマユコ)

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 (編集部註:インタビュー編はコメント欄を設けません。ヒラマツさんへのご意見はバックナンバーのコメント欄をご利用ください)

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ヒラマツマユコ

1992年、広島生まれ。2014年、京都造形芸術大学卒。都内在住。
2013年に子供を産んだが、未婚。というか非婚?
中学時代、不登校・引きこもり・鬱などを経て、17歳で高卒認定を取得。貯めに貯めた充電を使い大学時代はフル稼働。今は美術関係の仕事をしている。

@itomushi