インタビュー

育児が血縁・婚姻関係に閉じられていない理想の社会 「産後ケア」に取り組むNPOマドレボニータ代表・吉岡マコさんインタビュー

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吉岡マコ『みんなに必要な新しい仕事』(小学館)

吉岡マコ『みんなに必要な新しい仕事』(小学館)

出産後、ホルモンバランスを崩し、うつ状態になることを「産後うつ」と言います。妊娠後期の女性は、お腹が膨らんでいる外見から妊婦であることがわかり配慮をすることも可能ですが、産後の女性も精神的・肉体的にしんどい状況にあることはなかなか知られていません。

11月に『みんなに必要な新しい仕事』(小学館)を出版されたNPO法人マドレボニータの吉岡マコさんは、出産後のツラさを経験されたことをきっかけに、産後ケアの重要性を訴える活動を1998年から始められました。本書は20年近くに渡る吉岡さんの活動をまとめたものとなっています。今年3月に「世界をよくするスピードをあげよう」というキャッチフレーズを掲げたグーグルの「グーグルインパクトチャレンジ・ジャパン」でWomen Will賞を受賞されたことから、マドレボニータの活動を知った方もいるのではないでしょうか。

出産後の女性にかかる負担はどのようなものがあるのでしょうか。「産後ケアが当たり前の世界」を目指して、「産後ケア教室」の開発や普及、『産後白書』の発行などの調査・研究ほか、さまざまな活動をしながら、血縁・婚姻関係に閉じない育児の必要性を訴える吉岡さんにお話を伺いました。

―― 妊娠中であることを示すマタニティマークを、「反感を生みそうで怖い」と感じ、つけることを躊躇する方が少なくないと聞きます。いまだ妊婦に優しい社会とは言えない中で、吉岡さんは、出産後に長く続く精神的・肉体的なしんどさへの「産後ケア」の必要性を提唱し活動されています。しかし、目に見える妊婦への理解度を考えると、「産後ケア」もなかなか理解されていない、というよりもそもそも知られていないのが現状だと思います。最初に、吉岡さん自身も産後はご苦労されたのかをお教え下さい。

吉岡 そうですね、精神的にも肉体的もツラかったです。出産したあとは、股関節がグラグラにゆるくなって、歩くのもままならないんです。すり足でやっと歩ける状態です。産道は傷つき、子宮の内壁には、胎盤が子宮から剥がれた大きな傷跡も残っているので、常に貧血気味で、立ち上がるとくらくらするんですよ。股も痛いから、トイレに行くのも憂鬱。これが1〜2カ月くらい続くんです。

―― 退院後、産院から何かケアはないのでしょうか? 例えば痛み止めの薬が処方されるとか。

吉岡 薬で誤魔化せるような痛みではないのと、授乳中の人は、薬を控えなければなりません。産褥体操の方法が買いてあるプリントを配ってくれる産院もあるようですが、それを自主的にやる余裕はなかなか入院中にはないと思います。

―― 身体全体がガタついていて、痛みも常にある。薬でも誤魔化せないし、生まれたての赤ちゃんの面倒もみなくちゃいけない。いろんなことがありすぎて、精神的にかなり追い詰められると思います。十分に休めることはない?

吉岡 出産してから2カ月くらい寝たきりで養生できたらスムーズに回復するはずなのですが、妊娠中とちがって、隣には赤ちゃんがいます。泣く子を抱っこしてあやしたり、授乳したり、ウンチでよごれた服を洗いに行ったり……ろくに眠れません。そういった状況を見越して、産前から夫婦で産後の準備をして、産褥婦がちゃんと休んでいられる状態にあるというのが本当は理想です。

生まれたての赤ちゃんは、見たことのあるような、ぷくぷくして可愛い赤ちゃんではなく、腕や脚は鶏がらみたいに細く、皮膚は薄く、顔も宇宙人のよう。突然泣き出して、しかもなかなか泣き止まない。見ていると不安になってくるし、「大変なものを産んでしまったぞ。私の人生はどうなるんだ!」って思いました(笑)。妊娠中は、「出産したらあとはハッピーな生活なんだ」って想像していたら、全然違った。

―― ある程度予想できたり、知識があれば心構えも出来るかもしれないけれど、産後の状態を知らなければ、それも出来ない。

吉岡 私は、快適な妊娠生活を送れていたので、まさか産後にボロボロになるなんて思ってもいませんでした。妊娠中って大事にされるけど、産後は大事にされません(笑)。そのギャップに驚いたのと、産前と産後では全てがこんなに変化するのに、その情報がまったくない状態で出産したということにもっと驚きました。

担当編集 産後のツラさが語られる機会って未だに一般的じゃないですよね。

吉岡 そうです。誰かが出産しても、赤ちゃんが可愛い、ということしか話題にしないでしょ。だから、産んだ後のことをいくら話してもなかなか、ピンときてもらえない。

担当編集 私も出産を経験していますが、やはり産後に「みんなに当たり前に出来ていることを、自分だけがツラいと思っているんじゃないか」と悩みました。心身ともに追い詰められているからなかなか思考がまとまらなくて、状況を把握することもできなくて。

―― 例えばインターネットで産後に関する様々な情報を調べても、いろんなことが書いてあるので、何が正解で何が間違っているのかを判断するのは難しいですよね。健康な状態であってもそうですから、産後の不安定な状態ならなおさらでしょう。

担当編集 それに関連する情報のすべてなんて調べきれないんですよね。

吉岡 3時間ごとに起きる赤ちゃんがいるから、スマホをいじっている余裕はないですね。誰ともリアルに話す機会のない産後に、スマホがお友達になってしまうのも危険です。

―― ただでさえホルモンバランスを崩して「産後うつ」になりやすいのに、肉体的・精神的に追い詰められたら、より深刻な状態になりかねないでしょう。それこそ出産後、育児面で夫婦間の協力がままならず愛情が冷めてしまう「産後クライシス」に陥ってしまうかもしれません。

吉岡 産後しばらくは、赤ちゃんと外出するのもこわくてずっと家にこもってしまう。そうすると、人と話すことが物理的に不可能ですよね。「人と話したい」という欲求があることすらわからなくなってくる。それがいかに不健康なことであるかは誰も指摘しないから自分ではその異常さに気付かない。十分な睡眠もとれずにいると、思考もぼんやりしてきて、仕事から帰ってきたパートナーと話しても何を話していいかわからない。それをパートナーが理解していないと、ますます距離ができてしまいます。

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