―― そういう方は、いつか出産したときに、友達にきてもらうことに抵抗感を覚えなくなるかもしれません。それから、育児の予習にもなりますね。夫が一念発起して「これからは僕も家事・育児をするぞ!」と言ったはいいものの、見当違いなことをしてむしろ妻のストレスが溜まる、みたいなケースも避けやすくなりそうです。
吉岡 マドレボニータのスタッフやインストラクターの夫によって結成された「マドレ男子会」っていうのがあるんですけど、みんなとっても仲良しなんですよ。パートナーがいま妊娠している方がいるのですが、男子会で「産褥ヘルプのシフトはどうする? 上の子の保育園は? 妻はどのくらい育休をとるの?」などなど産後の準備の話で大盛り上がりしていて(笑)。妊娠中・出産後は体調が悪く負担も大きい妻のかわりに、夫が保育園の準備もしてくれている。理想の形だと思います。
担当編集 私も2人目を出産するときに、友達に手伝ってもらいました。最初は「めんどくさいな」って思っていたんですけど、実際にやると、めんどくささを補うに余りあるメリットがたくさんありました。家事を手伝ってもらえるのはもちろんですが、ただ友達が来てくれるだけで楽しい。最初に吉岡さんもお話されていましたが、やっぱりずっと家に子どもといると「大人と喋りたい」って思うんですよね。
―― マドレボニータを法人化されて8年が経ちます。社会の風潮に変化はありましたか? 特に制度を改善するための働きかけをどのような形でされているのかが気になります。
吉岡 現政権は、妊娠から育児まで切れ目のないサポートを行うと言っています。財源も少しずつ確保されつつあります。北区や文京区も産後ケアのための予算をとって、区民なら無料で参加できる産後ケアの講座を保健センターや児童館など定期開催するようになりました。申し込みが開始すると数時間で満席になってしまうほど人気の講座になっているそうです。このように、自治体が産後女性向けに講座を開催する際に、マドレボニータがインストラクターを派遣しています。こうした事例を他の区に対しても提案し始めました。その成果か、先日は北区の教室に他の区の視察の方が10人いらして、「我が区も来年は産後の講座を48回開催できるよう予算を申請しました」と言っていただけました。社会的な機運も高まっているので、さらなるはたらきかけをしていきたいです。
―― 制度や社会の風潮を変えていくための一番の大きな壁はどこにありますか?
吉岡 正しい知識の欠如ですね。多くの方が産後に対して間違ったイメージを持っています。現実を知らないから、本当に必要なサポートがわかっていない。たとえば、マドレボニータで産後の知識を啓発するためのリーフレットを作って配布しているのですが、ある理由で「このリーフレットを置くのは見送らせていただきます」と言われてしまうことがあるんです。
―― なぜでしょう?
吉岡 「妊婦の不安を煽るから」だそうです。
不安を煽るようなことは書いていないですし、必要なケアの知識も盛り込んでいます。それでも「教えることで不安にさせる」と言われてしまう。リスクがあることも、必要なケアがあることも事実なのに、そのような責任者の判断で情報が当事者に届かない。「産後が大変だなんていったらみんな妊娠・出産を怖がるじゃないか」という批判を私たちもよく受けるのですが、こういうマインドが大きな壁になっています。
―― リスクがあることを知って、事前に予防することが大事なことですよね。知らないまま手遅れになるほうがよっぽど怖い。家事・育児は保守的な価値観が根強いことを感じます。こうした現状をどうやって変えていくか。そのためにも本書や吉岡さんのご活動を知っていただきたいと思うのですが、吉岡さんはこの本を誰に読んで欲しいと思っていますか?
吉岡 うーん、誰に読んで欲しい、と想定していなかった……。ですが、あらゆる人が読者になりうると思っています。法人化して9期目になりますが、活動を続けていくうちに「マドレボニータさん、すごいね」と言っていただけるようになりました。でも最初の一歩は小さなものでしたし、それを踏み出してからたくさん失敗も繰り返してきました。これまでのプロセスを知っていただけると、いろいろな場面で共感してもらえると思うんですね。私自身のことだけじゃなく、どういう時期にどんな人がサポートしてくれたのかを細かく書いたのもそういう意図がありました。トップを走るリーダーにならなくても、身近にいてサポートすることにも大きな意味があることが伝わったら嬉しいです。
あえて言えば、若い人に読んで欲しいです。30年後には産後ケアが当たり前の世界になっていることを目指しているので。
―― なぜ30年後なんですか?
吉岡 今、産まれている赤ちゃんや子どもたちが大人になっているからです。図書館にナイチンゲールやキュリー夫人の伝記が置いてあると思うのですが、その隣に社会を変える活動をしている同時代の人たちの本が置いてあって気軽に手にとってもらえたら嬉しいですね。先日は、小6の娘さんがこの本を読んでいると知らせてくださった方がいました。
―― なるほど、30年後にはガラッと世界の風景が変わっているかもしれない。吉岡さんにとっての理想の社会像はどんなものですか?
吉岡 血縁・婚姻関係に閉じない子育てが行われている社会ですね。私の子どもは今、高校3年生で、もうすぐ卒業するのですが、今の自分の関心ごととしては、事情があって親と暮らせない子どもたちの育ちです。そんな子どもたちの育ちに、血が繋がっていない大人がもっと関われたらいいなと思っていて。そんな活動にもすこし関わっています。それを「拡大家族」という言葉で表現していた人がいたのですが、どんな子でも、社会のなかで、たくさんの大人や子どもに関わりながら育つような社会になったら素敵だと思っています。自分は、まずは「産後」という世界から、その実現に貢献したいと思っています。文化もそうですし、企業や地方自治体、国がどんどん変わっていって子どもの育ちを社会全体で支えるような社会的インフラが整うよう働きかけをしていくつもりです。
(聞き手・構成/カネコアキラ)