連載

おっぱいは誰のもの? セックスワーカーを差別する「おっぱい募金反対署名」は善なのか

【この記事のキーワード】

身体は個人のものである

 おっぱいは、おっぱいのくっついた身体の当事者それぞれのもの。「お父ちゃんのもの/赤ちゃんのもの」なんて歌った歌もありましたが、どちらのものでもなく、おっぱいがくっついた身体で生きている人それぞれのものです(母親や父親に課される義務は、子供を虐待せずに育てることであり、“完全母乳”にこだわる必要はありませんから)。

 女性の人権を真に考えるのであれば、「女性の身体が搾取されている!ハイ!性差別!」というような脊髄反射だけではなく、「おっぱい募金のおっぱい提供者たちがどのような条件や心境でその仕事をしているか」を考えてみても良いのではないかと思います。

 「おっぱいで募金を募る行為自体の暴力性」や、参加AV女優のおっぱいだけでなく世の一般女性たちのおっぱいまで“消費して良いもの”と誤解される懸念、ひいては「女の体は消費物」という概念が社会に存在することについては今回は論じません。現行の日本社会が男女の権利について非対称であることは根深い問題で、たとえば「男性が美女の胸を揉む募金」は成立するのに、「女性がイケメンの股間を揉む募金」は成立しません。おそらく「股間を触らせてくれるイケメン」が待ちの姿勢で立っていても、そのイケメンの女性ファンの多くは、彼の股間を触りたいわけではないかもしれません。そうしたことに関しては、またいつか。

 さて、「おっぱい募金」は結構前(今年で13回目のイベント)からあったのに、ここにきて反対署名活動が起こるというのは、最近の社会の性嫌悪傾向や、2020年オリンピックに向けての都市のジェントリフィケーションなど、ここ最近の社会の過剰クリーン化路線と関連しているように思います。

 こうした問題で「外国人に見られても恥ずかしくない○○」と言われる場合、そこで想定される外国人は決まって西洋白人であることにも違和感があります。いくら日本のジェンダーギャップ指数が世界104位であり、ジェンダーギャップ指数の少ない国に西欧が多いとはいえ、文化やコンテンツにはその国独自の価値観や歴史があるのだから、西欧の価値観をそのまま輸入するよりは、適宜ローカライズした方が有用であると個人的には考えています。特に都市のジェントリフィケーションに関しては、「日本に観光にくる外国人」は、西欧の白人よりもアジア人が圧倒的に多いにも関わらす、未だに「西欧の白人」を基準にし続けるのはなぜなのでしょう。

 私は今回の『おっぱい募金』反対意見に対して、「やらない善よりやる偽善、やる偽善を批判する善よりやる偽善」の方が社会貢献になると思いますし、「おっぱいは、おっぱいのくっついた身体の当事者それぞれのもの」であると思います。

 尚、“募金でお金を集めている以上、この募金を受けてどのような活動が実現したか、募金先の団体はその活動結果も公表するべきです。”という視点だけは、「おっぱい募金反対署名」の中で妥当なものだと思いました。

2016年2月19・20・21・27・28日 連続トークイベント『マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー』開催!

【MAPA】
マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー・アーカイヴプロジェクト

backno.

 

1 2 3

柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」