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SMAP謝罪会見の悲壮感、芸能界の闇。もはや昨日までのSMAPではない

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 そもそもこの騒動の発端となったのは、メンバーたちのワガママなどではない。ジャニーズ事務所内の揉め事に、タレントである彼らが巻き込まれたものだ。昨年一月の「週刊文春」(文藝春秋)誌上インタビューで、社長の姉であり副社長を務めるメリー喜多川氏が、SMAPを長くマネジメントしてきた社員である飯島三智氏を罵倒。飯島氏が25年以上勤めてきたジャニーズ事務所を退社せざるを得ない事態に追い込まれ、SMAPメンバーも彼らの意志を示したのである。「お騒がせ」したことを謝罪するのならば、メンバーではなく、事務所の役員たちが会見なり書面なりで行うべきだろう。会社内の内紛という諸々の事情を明らかにせず、タレントが勝手に軽率な行動をして世間を騒がせたことにして事態を収束させようというのだろうか。

 これまでの報道で、散々言われてきたこと。それは「ジャニーズ事務所を出たら、芸能界から干される」。今回の生放送謝罪は、半ば都市伝説のようでもあったそれが、今なおはっきりと実在することを示すものだった。大手芸能事務所の幹部から「ウチと対立して出て行ったタレントを使うな。さもなくば他の人気タレントを引き上げる」と脅されれば、各テレビ局は従うしかないようだ。しかしもはや視聴者は、「事務所への恩を忘れて独立しようなんて軽卒だもん、自業自得だよね」とは思わない。いかにジャニーズ事務所が業界内で幅をきかせているか、そして所属タレントの主張に耳を貸さないブラック企業かが生々しく伝わってしまっただけである。タレントは芸能事務所にとって商品である。しかし同時に、働く人間でもある。そのことを忘れているか、あるいは軽視し過ぎているのではないか。

 また、今までのSMAPであれば、こうした場面で仕切るのはリーダーの中居であり、最後を締めるのも中居だった。だが今回は「もっとも強く独立を望んでいた」と報じられた中居は端に追いやられ、木村がその役目を与えられた。昨日までのSMAPと今日からのSMAPは、同じものではない。ファンが望んだSMAP存続は、このような形では決してなかったはずである。そのことに気付かず、体裁だけの謝罪をさせ業界における強権を見せつけたジャニーズ事務所の在り方に、疑問を感じずにはいられない。少なくともジャニーズの切った舵は「正解」でも「最善」でもない。

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