精神医学や臨床心理学の基礎を作っただけでなく、20世紀以降の文学・芸術・人間理解に広く甚大な影響を与えたジークムント・フロイトは、夢分析において、銃や剣といった武器類や、傘やステッキといった長い道具、蛇口や噴水などの水を吹き出すものは、夢の中では、「男性器」を象徴すると述べました。
精神分析はフェミニズム批評やカルチュラルスタディーズの分野では特に大きな影響を与えましたが、これを日本のアニメや漫画作品を読み解く際に、全面的に当てはめることは難しいのではないか、と私は実感しています。フロイト的な「象徴」や「メタファー(隠喩)」の概念は一神教や家父長制といったヨーロッパの歴史と価値観に基づき作られているため、多神教の歴史を持つ日本のアニメや漫画作品を読み解くことには、限界があるように思うからです。
今回は、主に二次元作品が孕む性的メタファー(隠喩)とメトニミー(喚喩)について、考えていきます。
エロスの漂白
昨年末に、SF&ファンタジー評論家でジェンダー・フェミニズム関連の著書も数多く執筆されている小谷真理さんと、拙イベント『マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー』の打ち合わせをした際、小谷さんの言葉に思わず膝を打つ場面がありました。
「西洋圏の文学や表象は、メタファー(隠喩)が洗練されているけれど、日本のアニメや漫画はメトニミー(換喩)が洗練されているので、メタファーの理論によってのみメトニミーが生かされた作品を読み解こうとすると、齟齬が出ますよ」(小谷さん)
メタファー(隠喩)とメトニミー(換喩)について簡単に説明します。「人生はドラマである」「あいつは鬼だ」というように、“全体”を“別の全体”で表象する修辞をメタファー(隠喩)。「(食事全般を表す意味としての)ごはんが食べたい」「(日本の政治の中心、国会を表す意味としての)永田町は変わるのか?」のように、“部分”をもって“全体”を表象する修辞をメトニミー(換喩)と言います。
日本のアニメや漫画のキャラクター表象は、メトニミー(換喩)の宝庫です。日本のアニメや漫画においては、「ネコミミ」や「ツインテール」、「ツンデレ」、「幼なじみ」など、キャラクターを類型化させることによって、その人物の生い立ちや価値観を表すメトニミー(換喩)表現が多々あります。人気作品や優れた作品の多くは、そうしたテンプレートな表現をそのまま楽しむことより一歩進んで、テンプレを一種の王道として生かしつつも、物語の進行とともに類型からズラしていくことで、キャラクターの個性や魅力を描いています。決められたページ数や時間や話数(深夜アニメで言えば、30分12話1クール)で、より物語やキャラクターを魅力的なものにするために、メトニミー(換喩)は欠かせないものなのです。
昨年末にはTwitterで、「『響け!ユーフォニアム』の吹奏楽器は男根のメタファーである」という内容のつぶやきがバズり、現在も「性的消費」「性的に眼差す」といったワードは様々な議論を呼んでいます。『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』は、高校の吹奏楽部員たちの青春を描いた小説で、コミック、テレビアニメとメディア展開し、そして劇場版アニメも公開予定の人気作品。『けいおん!』などで知られる京アニが制作しています。
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