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夫からDVを受けていることを説明できず、「家族で暮らしたほうがいい」と諭されて…適切な言葉を使えないことの困難

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「家族と一緒がいい」

 どのタイミングだったか覚えていないのですが、「このままでは娘ちゃんに大けがをさせてしまうかもしれない!!」と思い、夜11時頃に、女性専用のシェルターに行ったことがあります。もちろん、娘ちゃんも一緒に。

 夜遅く突然訪問したにも関わらず、シェルターの職員さんが中に入れてくれました。お茶を飲みながら、職員さんに、家に居るのが辛いこと、自分の中で娘ちゃんの存在が揺らいでしまうけど二人で生活を立て直したいことを話しました。

 「元夫からのDVはなかったの?」「暴力を振るわれるとかない?」と聞かれ、上原はあろうことか「喧嘩はあるけどDVはなかった」と、答えてしまったんです。すると、「元夫の家で生活するのはどう?」と提案されました。祖母との暮らしがうまくいかないなら元夫と暮らせば良い。元夫とは痴話喧嘩くらいするけれどDVはないんだから……ということですね。

 シェルターに行って分かったのは、生活保護の申請と同様に「家族のところにいた方がいい」「家族のところに居られないなら元夫のところに行った方がいい」という価値観が強いことでした。やっぱり「家族で暮らすこと」が前提にあるんですね。相談機関などの情報も得られず、諦めてその日のうちに歩いて家に帰りました。

 さて、どうして上原が女性専用のシェルターに行ったのか、ですが……。シェルター以外に相談機関があると知らなかったんです。シェルターの存在は、知人が夫からDVされて入所していたから知っていただけ。無知って怖いですね。他にも女性センターや、各自治体の相談ブースなど、いろんな相談機関があります。当時の上原はその存在をまったく知らなかった(笑)。

どうやってコトバにするか

 冷静に考えてみると、元夫が婚姻中に生活費を渡さず上原にお金を要求して、家事もしなかったのは経済的なDVだし、自分の思い通りにならないからと言って部屋の襖を壊したり、工具を投げたりするのも物理的なDVだし、離婚した後もお金をせびりに来るなんて、ただの恐喝なんですけど(笑)。あの頃の上原は、自分がDVをされていることに気付いていなかったんです。

 「全て自分が悪い」と思い込んでいました。元夫が上原にお金を要求するのも、暴力的なことをするのも、やめてほしかったけれど、“当たり前”だった。今は笑い話にしているのですが、蹴られても痛くなかったからDVじゃないって本気で思っていました。病院送りになって初めてDVなのかな? とか。

 今なら、「元夫からの暴力と自分の身内からのプレッシャーでおかしくなっている、それで、娘ちゃんへの愛情が揺らいでしまっているから生活を立て直したい」と説明できます。でも、当時はできなかった。仮に当時の上原が持っていたコトバで話すと「元夫が“きじゃーす”んだよね」になります。「きじゃーす」を日本語訳できないから上手く伝えられないし、シェルターの人も「きじゃーす」はたぶんわからない(笑)。

 でもこれって、別に若者方言が伝わらないからってわけではなくて、自分が置かれている状況を整理する知識とコトバを持っていなかったってことなんだと思います。それに「元夫は娘ちゃんの父親だから悪く言いたくない」って、気持ちも凄く強かった。

 自分の気持ちも状況も整理できなければ、言語化できない。元夫のことも悪くは言えない。ただただ「辛い」「苦しい」と言ったところで、他人には伝わらないし、その他人だって「この人は何をどうしてほしいのか」わかりようがないんです。伝わらないもどかしさを誰かに対して暴力をふるって表現するか、自暴自棄になり自分を傷付ける行為で表現する。前に元夫と上原の関係において、暴力と言語が同じ役割を持っていると書きました。暴力での表現に慣れてしまうと、言語化しなくても良くなってしまうし、それでコミュニケーションが成り立ってしまうから、似たような表現方法を持っている人達以外との対話が難しくなってしまいます。

 そうなってしまうと、助けを求めても助からない。救いの手を差し伸べてくれる人なんていない状況に陥ってしまいます。もし、上原があの状況を継続していたら、虐待のリスクは、とても高かっただろうな、と思います。

 今だから虐待リスクを考えたり、過去のこととして自分のコトバで自分のことを書いたり、伝えたりすることができます。だけど、当時の上原と同じように、コトバで表現することができない、自分の状況を整理することができない。パートナーからされていることで困っていても、第三者に説明ができない。そんな人達は、少なからずいると思うんです。

 上原が自分の置かれていた状況を言語化したのは、高校の作文がきっかけでした。その際に、国語の先生が私の過去をコトバにしてくれたんです。沢山、くだらない話をして、ゆっくり時間をかけて、ひとつひとつ整理していきました。その中で、上原自身が幾つもの問題を抱えていることに気付いていったわけです。その先生がいなければ、高校を中退していたと言ってもいいくらい支えられていました(笑)。

 あるいは、上原が様々な相談機関について知ることができて、女性センターや役所の相談ブースに行けば、丁寧に話を聞き出してもらえたのかもしれません。そしたら、上手くコトバに出来なくても、DVされている自覚がなくても、もっと早い段階で何かを変えられたはずです。

 ただ、今になって「早く助からなくて良かった!!」と、胸を張って言えることがあります。時間はかかったし、いっぱい泣いたけど、自分のチカラを使って状況を振り返ったから、「似たようなことを繰り返す真似だけは絶対にしない」強い意思が持てたのだと思います。

 必要なときにコトバにできなかったとしても、どんなに辛い過去があったとしても、前だけを見るとか、今日のことだけを考えるとかじゃなくて、反省的に自分の状況を振り返れば得られるものがあるかもしれません。

 まあ、酷い状況にあるときは、考える余裕なんてないのですが……。そんなときは、誰かと繋がりを持っていたら、その誰かが「しんどさ」に気付いてくれる可能性だってあります。

 今現在、上原がしんどいと思っているのは、2年間勉強しないうちに記憶から消え去った英語の勉強をやり直すことです(涙)。ごく稀に、原稿の締切と書こうと思っていた内容も頭の中から消え去りますが……。

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上原由佳子

1988年生まれ。沖縄県在住。シングルマザー女子大生。女子力の欠片もなさを小学1年生の娘ちゃんから指摘される、どうしようもない系アラサー女子。

@yu756ka