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梅宮アンナ「長女との別居」に集まった「育児放棄!」の批判合唱と、アンナが「ひとりになりたい」本当の理由

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アンナ流自己啓発

 さて、アンナの最新エッセイ集である『女は「ひとりの時間」に磨かれる』には娘との別居について触れられてはいないが、タイトルがずばり今のアンナを正当化するためのモノになっている。娘についての章では「外で安定した状態で日常生活を送るためにも、子供は親にしっかり反抗することが大事」とし「だから私たちのケンカは、いつも取っ組み合い。それも、お互い泣きながら。そしてケンカのあとには必ず、仲直り。本気でぶつかり合うからこそ、引き寄せ合う力も強い。『これぞ親子だな』と感じます」と綴っている。う~ん激しい。娘だけじゃなくてアンナも泣くんだ……。娘と孫が取っ組み合いのケンカをたびたび起こしていれば、祖父母としても別居に了承せざるをえなかった…という可能性もある。ちなみに「父と私は熱しやすく、いまだに親子ゲンカをするので、一緒にいすぎてもダメ」ともあり、あの辰夫ともアンナはたびたびケンカをするようだ。そりゃひとりで過ごせば誰ともケンカしないだろうけど、アンナ自身、ちょっと喧嘩っ早いところを改善したほうがいいんじゃないのか。辰夫が逝った後どうすんのよ、と超他人事ながら心配になる。

 アンナ本には(まあアンナのことだから今さら驚かないが)矛盾も豊富だ。たとえば彼女は『自分を磨くための小さな習慣』として“パーティは2時間で帰る”ことを提案している。美容のために「たくさん寝ること」を心がけ、17時半から18時の間に夕食をとり、21時には寝間着に着替えベッドに入り、23時には就寝するそうだ。それゆえパーティからもさっさと帰宅するのが吉、とすすめている。また、「2015年、43歳の誕生日に気づきました。私にお酒はいらない」と、8月の誕生パーティのときお酒を飲まなくても楽しんでいた自分に気づき、お酒はもう必要ないと感じたそうである。うんうん、肝臓も膵臓も労わりたいしね。『ビビット』の放送でも「パーティがものすごい苦手」と語り、“夜な夜な遊んでるでしょ”、“女友達いないでしょ”という世間のイメージに対し「みんなが思ってるのと現実は逆」と述べた。うん……でも本当はパーティ苦手じゃないでしょ? インスタでも1972年生まれが集まった飲み会や、いまや趣味のひとつと公言しているトレイルランでの打ち上げの様子をアップしているほか、ワイングラスを持って友人らと撮影したようなパーティショットとおぼしき写真は数多い。……アンナさん、本当に「パーティがものすごい苦手」ですかね?

 著書に書かれているのは“いつもこうありたい”という理想なのだろうか。そもそも恋愛体質で、すぐ恋に落ちて男と四六時中一緒にいたくなっちゃったりペアヌードを撮っちゃったりするアンナであるから、「ひとりの時間を持とう!」という言葉自体、彼女が自分自身に「もう男に心を依存するのはやめて自律しなきゃっ」と言い聞かせ、自らを鼓舞するためのものなのかもしれない。がんばれ、アンナ。

 パーティが好きか否かはさておき、子供を持つ女性は“主に子育てに奮闘する”ことが美徳でありそれが当たり前であるとされる日本において、娘を祖父母に預け一人暮らしをするアンナの生き様に批判が集まるのも致し方ないところはあるだろう。アンナも炎上目的で『ビビット』出演したのが本音と見た。ただ、彼女を批判するのも自由だが、別にアンナ自身は悪いことをしているわけではない。生活基盤が安定しており家事育児能力の衰えていない実の祖父母が近くにいれば、無理してアンナが孤軍奮闘する理由なんてそりゃない。辰夫が父親だったらアンナでなくとも頼りにはするはずだ。正直言って羨ましい環境ではある。
(ブログウォッチャー京子)

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