胎児よ
胎児よ
何故躍る
母親の心がわかって
おそろしいのか
ドグラマグラ
…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
ついに僕の身元がバレてしまう日がやってきましたね。
・奥山村人とは、暇で時間と金と自己顕示欲を持て余したIT社長あたりが架空の人物を作り上げた者だと思ってます。
一体誰でしょうか? もしかしたら、僕の知り合いや関係者でしょうか。ついに身元がバレてしまいました。
そう、僕は何を隠そうIT企業の社長だったのです。プレジデントである僕は、忙しい業務の合間を縫ってこのエッセイを連載し続けてきたわけです。無職の奥山村人なんてどこにもいません。僕は社長です。
とはいえ、近頃働き過ぎなのか、心の調子が優れません。部下に勧められたので、今回は知人に紹介された心療内科に行ってみることにしました。
するとまず、問診票を渡されました。自分の心理状態について書かなければならないらしいのです。
……ふと僕は悩みました。
こんなことを書いていたら、いよいよ僕は医者にも読者にも酷い状態だと診断されてしまうんじゃないだろうか……? あるいは「読者を馬鹿にしている」と言われてしまうかもしれません。
やっぱり、正直に書くことにしましょう。
みなさんこんにちは! 就活のための資金もたまりアルバイトもとっくに辞めました。今日も元気に正真正銘無職な奥山です。「たぶん肺炎」はいまだに治っていません。
心療内科って、他の科と同じように、まず最初に問診票ってのを書かされるんですね。知りませんでした。
久しぶりの外出なので、少し胸も躍ります。
・禿げたら良いと思う。禿げたら一気に人生変わると思うんだよね。髪にダメージ与えてみては? やっすい液剤買ってすんごい脱色して真っ白にするとか。言っとくけど真面目な提案だからね?
・あえて禿げるって常軌を逸してるよね。ハイターでも頭にぶっかけなよ! キチガイ気取りたいんでしょ?
早速お母さんに「うち、ハイターあったっけ?」と聞いたところ、「何に使うの?」「あえて禿げようと思って」という問答が繰り広げられ、「とりあえず病院に行かないと家から追い出す」と言われてしまいました。
・次のコラムは病院行って診断してもらったところから始まるんだろうね?
・ドグラマグラみたいで斬新
・夢野久作に失礼すぎ。奥山さんに鬼気迫る精神病質性の描写なんてできないでしょ。
そんなわけで、コメント欄のアドバイスに従って、今回のエッセイはドグラマグラからの病院です。
「コメントを無視しすぎ」と言われることもありますが、僕はなんだかんだで、アドバイスを元に、競馬場行ったり座禅行ったり、色々出かけてきました。これでもちゃんと読んで、出来ることは実践してきたつもりだったのですが……あまりみなさんからはそうは思って頂けてないみたいで、悲しいです。ぐすん。
問診票が、書けない
○どういったことに困っていますか?
○いつ頃からそれは始まりましたか?
○死にたいと思ったことがありますか?
○実際に自殺を試みたことがありますか?
○原因について心当たりはありますか?
○あなたはどんな性格ですか?
○いじめられていたことはありますか?
○睡眠は十分にとれていますか?
病院で受付をすませたら問診票を渡されました。こんなの……こんなのちゃんと書けたら、そもそも病んでないんだよ! 僕は頭をかきむしりながら思いました。
僕はどうやら……こういうことをちゃんと書くのが、すごく苦手みたいなのです。
どうやらここまでのようです。みなさん、すみません。
財布を忘れてきたんで、と言って心療内科から逃げ出しました。かなり激しく止められましたが、僕も強引に逃げ出します。同じような人、少なくないのかもしれませんね。
それに……こうも思いました。
あれをちゃんと書いたら、僕は書くネタがなくなってしまう。
別に問診票はどこの誰に公表されるものでもないんだから、そんなこと気にしてる時点でおかしいよ、と思われるかもしれません。
でも、違うんです。
一度問診票に書いたら、診察を受け、診断が下され、治療を受けてしまったら、書くための何か大切なものが失われてしまうような気がする……。
そのときふと、僕は気がつきました。
僕は、癒されたくないんです。
僕の心の問題を、ケミカルに解決されたくない
これは昔から思っていたことです。
実は以前に一度、僕はカウンセリングを受けたことがあるのです。
大学一年生の終わりごろ、大学のカウンセリングルームに行きました。その頃、わりと死にたさがピークに達していました。将来の不安、失恋、などで頭の中が埋め尽くされていて、朝起きるといきなり「ああ、死にたいなぁ」と思いました。それが寝るまで続きました。そこで、おもしろ半分に、手近なところに行ってみることにしたのです。
そのときのカウンセラーは、年配の女性でした。彼女は僕の話にひたすら相づちを打ちました。僕はカウンセリングが初めてだったので、勝手がまるでわかりませんでした。今でもよくわかっていません。とりあえず、自分のことを話せばいいのかな、という気がしました。それで話すことにしました。
「彼女にフラれてつらいんです」
「小説家になりたいんですが、なれそうにないんです」
僕の悩みは二行で要約することが可能でした。十年前と今とで、全く変わりません。ってか、同じです。ここまで人間、進歩がないものなんでしょうか……?
ともかく、僕はだんだんと気持ちが入ってきて、調子に乗って色んなことを喋りまくりました。女の人はひたすら、僕が話しやすいように相づちを打ってくれました。一時間近く話したと思います。自分の人生の話を。それから、おクスリが出されました。たしか、どういう仕組みか、お金をとられなかったような気がします。
家に帰って、恥ずかしさのあまり自殺したくなりました。
見ず知らずの人に、ペラペラ喋りすぎたのでは……? 僕は頭を抱えました。
それから、クスリを飲みました。ルボックスというクスリでした。それを飲むと、なんだか、感情がフラットになりました。起伏というやつがなくなりました。そこからが、地獄でした。
文章が、まるで書けないのです。書きたいという気持ちが全く湧いてきません。
頭はまるで平静でした。合理的な思考はいとも簡単にすることが出来ました。大学のレポートなんかはすらすらと書くことが出来ました。でも、感情的な部分が何かおかしくなっていました。感情的な、エモーショナルな文章を書くことが出来なくなっていました。
僕は一行も文章が書けなくなりました。
何故なのかと考えてみました。自分の心の中に深く潜ってみました。しばらくして答えが出ました。僕は何か、幾つかのトラウマみたいなものを抱えていて、それが書くことの原動力になっている。そして、そこにアクセス出来なくなっているため、文章が書けなくなっているのではないか。
身近な人に、悩みを口頭で話して、全て聞いてもらい、うなずいて肯定してもらう。そしてクスリで精神状態が安定していく。このことで、僕はどんどん悩みがなくなっていきました。頭の中はツルツルになっていきました。たしかに、自殺したくはなりません。悲しくもありません。わけもなく泣きたくなることもありません。変なテンションになって、突然笑い出したり、見知らぬ人相手に一時間ノンストップで喋り続けたり、そんなこともありません。でも……。書けなかったら、生きてる意味がないじゃないか。
もしかしたら、そこできちんとカウンセリングルームに通い続けていたら、今、人生は違っていたのかもしれません。もっといい方向に転がっていたのかもしれません。でも、大げさに言えば、僕は不幸になりたかったんです。不幸でいたかったんです。僕はそんな風に救われたくなかったんです。僕の心の問題を、ケミカルに解決してほしくなかったんです。自分に酔ってるんじゃないの、って言われても、それが本音なんだから仕方ありません。
僕は癒されたくないんだ。不幸のままでいたいんだ。
僕は勝手に断薬しました。自己判断で勝手に断薬するというのは、非常に危険なことだといわれています。絶対に真似してはいけません。実際、けっこう嫌なものでした。死ね死ね死ねと世界中からすすめられているような気がした。時間の感覚もなくなって、外にも出れず、毎日泣きながら死のうとしてた。
問診票を前にして病院から逃げ出したのも、多分、そのときの記憶が、今の僕をそうさせたのでしょう。
あのときから、僕は一ミリも変わっていないみたいです。
今回の相談「自分のことを話しすぎてしまったとき、恥を感じるのですが、どうやって立ち直ればいいですか?」
さて、そこで今回も相談です。
どうやら僕は10年前のカウンセリングで、自分のことを素朴に正直にカウンセラーの人に話しすぎたことを、未だに恥ずかしいと思っているみたいなのです。
なんかよくわからない羞恥心と罪悪感みたいなものに心が支配されています。今でも思い出して、寝る前にがばっと布団から跳ね起きて、うわーっと叫んでしまうときがたまにあります。
みなさんは、人に自分のことを話しすぎてしまって、あとから後悔したことはありませんか? そのとき、どんな風に自分を立ち直らせましたか? どうか教えて下さい。よろしくお願いします。