インタビュー

極めてプライベートなラブストーリー、セックスのエモーション、愛の終わり、後悔だらけの現在地。/ギャスパー・ノエ『LOVE 3D』

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LOVE3D

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 衝撃的なレイプシーンが世界中の人々を震撼させた『アレックス』や、警官に射殺されたドラッグディーラーの彷徨える魂を描いた『エンター・ザ・ボイド』等、センセーショナルな映画表現を追求し続けるギャスパー・ノエ監督の新作『LOVE【3D】』が、2016年4月1日よりいよいよ日本で公開される。

 『エンター・ザ・ボイド』の公開前インタビューにて、ノエ監督は「次回は、3Dポルノを撮るかも」と構想を語っていた。見事、実現する運びとなった本作の情報解禁時には、「3Dで精液が飛び出す!?」と、世界中で話題騒然となった。噂が噂を呼び、2015年のカンヌ国際映画祭でのプレミアム上映の際には、チケットシステムをパンクさせる狂乱の事態を招くに至る。

 ノエ監督作品は、商業映画のタブーを打ち破る過激な演出で知られている。本作にも強烈なインパクトを想定し、精液とともにこちらの心臓までもが飛び出さないよう身構えながら鑑賞したところ……。予想に反し、スクリーンには恋愛独特の不安定な情動をメランコリックに想起させる、極めてプライベートなラブストーリーが映し出された。

 惜しみなく披露される裸体、生々しいセックス、精液など、商業映画の規制をものともしない過激な描写は健在だが、いずれにも感情の琴線を揺るがすセンチメンタルな味わいを覚える。多幸感と苦痛、希望と失望、肉欲と信頼、様々に異なる感覚をいっぺんに引き受ける性愛の不安定な情緒が、スクリーンにも、見る者の胸にも溢れ出る。

 その点、本作公開前に来日したノエ監督に直接お伝えしたところ、「カンヌでも、思っていたのと違うって言われたよ」とのこと。以下、ノエ監督へのインタビューと合わせて本作を紹介したい。

普通のカップルの、日常のセックス

ギャスパー・ノエ

ギャスパー・ノエ監督

 若い妻と幼い息子と暮らす主人公の青年マーフィーは、ある日、かつての恋人エレクトラの母親からの電話で、彼女が失踪したことを知らされる。以降、エレクトラと過ごした日々を回想するマーフィー。その胸には彼女との別れによる大きな喪失感があった。

 マーフィーとエレクトラの過ぎ去った愛の日々を描くにあたり、ノエ監督は「セックスは普通に誰もがする、自然な行為」と位置づけた。

「身の回りにいる普通のカップルの日常を描きたかったんです。ここ2~3年、ヨーロッパでは、社会の注目が愛や恋愛関係より遠のいて、紛争や闘い、男同士の力の見せつけ合いに移行している気がします。通信手段、コミュニケーション手段が発達した一方で、裸や露出、エロティックな動画、映画が規制され、逆に紛争や武器など、暴力的なものが氾濫しています。Instagramでは、女性の胸を出すのもNGだそうですが、女性の胸って、普通にあるものですよね。人間は生まれたら誰もがお母さんのお乳を吸う。それが最初の社会とのつながりで、最初に幸福感をもたらすもの。裸体もセックスも、自然にあるもの。今の世の中、何でもコントロールできなければいけないという社会になってきているので、普通に存在する愛の衝動とか肉体の欲求といった『自然』の方が上回り、コントロールできないものを表に出してはいけないとする風潮にあるのかもしれません。幸福感も得られれば波乱に満ちて傷を負うもの、混乱や苦痛を伴うものも、コントロールできないから粛正する。そんな今だからこそ、身の回りにいる友人の間で、日常的に起きている愛情にまつわる出来事、みんなが経験することを、普通に描きたいと思いました」

 カップルが、恋愛をして、セックスをする。そんな当たり前の日常風景として切り取られた性描写は、映画だから(とりわけ立体感のある3Dだから)こそ、生々しい。しかし、行為そのものではなく、快楽の感覚や恋愛感情の上下動といった、感受性を視覚化する「気分」が随所に露呈するあたり、消費されるためのポルノとは一線を画したメロドラマ性を感じる。つまり、本作にあって消費されるためのポルノにないのは「普通にナイーブな恋愛の心情」。二人が快楽を貪るシーンの根幹にあるものが、喪失の物語である以上、観客はスクリーンに存在する哀しみを無視してエロスだけを消費することは出来ない。

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林永子

1974年、東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒業後、映像制作会社に勤務。日本のMV監督の上映展プロデュースを経て、MVライターとして独立。以降、サロンイベント『スナック永子』主宰、映像作品の上映展、執筆、ストリーミングサイトの設立等を手がける。現在はコラムニストとしても活動中。初エッセイ集『女の解体 Nagako’s self contradiction』(サイゾー)を2016年3月に上梓。