カルチャー

「女は子供を産みたいはず、でしょ?」女の性と生殖を考える。中村うさぎ×牧村朝子×柴田英里/messyプレゼンツ@新宿眼科画廊

【この記事のキーワード】

中村うさぎ

うさぎさんマジかっこよかったです

生殖技術の発展と柴田さんの持つ懸念

柴田「マイノリティが子供を持つことについて、牧村さんにお話を聞きたいのですが。まず『(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合』について」

牧村「これは、私とパートナーのゲノムデータを採取して、そこからできうる子供の姿をCGで再現したものですね。だから今のところ、非実在の子供たち」

柴田「本当にランダムなんですか? というのも、この作品の子供たち(10歳前後に見える女児2名)があまりに可愛すぎるから。差別発言と言われても仕方がないかもしれませんが、牧村さんもモリガさんも非常に美しい人だけれども、ですが美しい容姿の親から美しい容姿の子供が産まれてくるとは限らないじゃないですか。パーツがいくら綺麗でもバランスがほんの少しずれると残念になる顔はよくある。でもこの作品の子供たちはモリガさんと牧村さんの良いとこどりでとても可愛らしいから。審美的な観点で、従来の美の価値観で選ばれた、社会正義的な作品のように思えてしまって、違和感を感じた」

牧村「こんな美女カップルからこんな美少女が産まれるかもしれないよ、社会の役に立ってるねえ、みたいな?」

柴田「そうです、だからディストピアSFのような。本当はランダムじゃなくて良い遺伝子だけを選んでいるのに『ランダムですよどうですか素晴らしいでしょう』と見せているとしたら、優しくないじゃないかと思って。変な話、美術作品としてだったら、容姿の美しいカップルの間に、容姿が残念と形容される子供が産まれたっていいんじゃないか」

牧村「柴田さんが私たちの『(不)可能な子供』を美しいと言ってくれることはとてもうれしいんですけど、でも、この子たちがみんなにとって美人かどうかは私には知らないです。美の基準は絶対ではないので。というのがひとつと、あともうひとつ、これは本当にランダムですね。仮想の子供を生成してくれるプログラムはネット上にも公開されていますよ。だから自分の唾液をピュッと出して、ゲノム解析をしてくれるアメリカの機関に送付して情報を得たら、誰でも仮想の子供をプログラムできます。私とモリガは、プログラムで子供のデータを生成するためのボタンを、長谷川さんの前で押しました」

柴田「子供の性別もランダム?」

牧村「私たちからは女の子しか産まれないです。というのも、この作品の前提としている技術では、女性からは女の子しか産まれない。人間の皮膚細胞からIPS細胞をつくって、精子と卵子に分化させるんですね。それは実際に研究されている技術でまだ確立されていないけど、実用化されたときにこんなことができるよ、という作品。だからその技術でいうと、私のたとえば頬の皮膚から精子と卵子をつくることができるんですが、女性同士のカップルだとY染色体がないので、女の子しか誕生しないんです」

柴田「じゃあ男性同士のカップルの場合は、XYだから男女どちらも産まれる可能性がある?」

牧村「うん……はっきりしたことは言えないんですが。お客様の中に遺伝生物学者の方はいらっしゃいませんかー?(笑)」

柴田「レオ・ベルサーニとアダム・フィリップスの『親密性』という本で読んだのですが、ゲイの文化であくまでもサブカルチャーだけれども、アメリカでは積極的にHIVに感染したいゲイと、彼らに感染させたいゲイのベアバッキング(コンドームなしでのアナルセックス)や乱交がある。医療の発達した現代ではHIV感染しても亡くなるわけではなく薬を服用すれば長く生きられるとして、ゲイゆえに遺伝子を残せない自分たちの『遺伝子』としてHIV陽性になってそのウィルスと共に生きることを妊娠とし、積極的に感染しようとする人たちというのがいる」

うさぎ「まずHIVは別にゲイの文化でもないし。普通に男女の営みから広がった性病ですよね。私は知り合いにゲイがたくさんいるけれども、積極的にかかりたいとはみんな思っていないですよ。だって病気はつらいものですよ、薬を毎日飲まなきゃいけないとかさ、副作用もあるしね、医療費もかかるし、ずっと薬を飲み続けていると内蔵に負担がかかるから、私の知り合いでは腎臓や肝臓を壊しちゃっている人もいる。そういう実態を知ってて、積極的にHIV感染しようなんて言ってるのかな? と思う。かからないようにコンドームしたほうがいいでしょう。気持ちはわからないけど」

柴田「破壊的な行動ですよね。それが、『(不)可能な子供』と対照的に見えたんです。ゲイのごく一部でそういう破滅行動があって、一方でレズビアンカップルが命をつないでいく方向の作品に登場して。私はうがった見方をしているとも思いますが、ヘテロ女性の『出産』という欲望を、この作品が強化してしまう側面はないのかな、と感じました。レズビアニズムの中に異性愛的なセクシズムを感じた。というのは、NHK番組で『この作品は社会的に良い可能性だ』というニュアンスで伝えられていたのを見たからかもしれないが、モリガさんは『自分の子供とは思えない、アート作品として楽しんで』といったコメントを出されていて戸惑っているように私は感じた。当事者が戸惑いを覚えているのに、『明るい未来の可能性』とか『いい話』みたいな取り上げられ方をしていたのが、違和感があって消化できなかったんです。これはレズビアン当事者の欲望なのだろうか? レズビアンを社会が利用しようとしているんじゃないか? という」

1 2 3 4 5 6 7 8