生きる理由がわからなくても、生活は続く。なんだかんだ言いながらも生きてる自分に、毎朝起きる度に、嫌気がさしてくる。まだ生きてるのかよ、って。
即身仏になりたい。できれば地中深く潜って、死ぬまでそこで祈りを捧げていたい気分だった。
まだ5月というのに、京都は暑い。何もしてなくても汗が滲んでくる。汗の匂いがする。むわっとして、風が吹かない六畳一間の部屋は炭鉱みたいだ。暑苦しい。
鏡にうつった自分の顔を見て、老けたなと思う。もう29なのだ。アラサーとか言ってられるのも、後一年を切ってしまった。もうそろそろ30代だ。
というのに、というのに、何だ僕のこの体たらくは。こんなんでいいのか。よく顔を見ると無精髭も汚らしいし、目尻に微かな皺がある。あごひげに2、3本白髪が混じっている。それ以上に、髪の毛に無数の白髪が生えている。
何もしてなくても、勝手に老いというのは迫ってきて、無理矢理僕を老人にしていく。
どうせまた酷いことが書いてあるんだろうな、と思いつつ、僕は前回の相談に対して送られてきた読者からのアドバイスにざっと目を通した。
・「意味」や価値は、もともと言語を超越した生の事象を、私達の感覚器官と脳で処理した果てに出てくるものに過ぎない。その意味に拘り続けることで失われる機会は少なくない。
・澁澤龍彦は「人生には目的なんかない」とエッセイに書いていた。
そりゃそうだけどさ! と僕は思わずつぶやいた。
世界は、人間にとって都合よく出来ていない。目的も意味も最初からないんだから、探すだけ無駄。「意味」なんて限定的な言葉から外れたところに、世界の豊穣さがある。言ってる意味は、わかるんだけどさ!
それは僕には、あまりにも世界の無意味さに寄り添い過ぎた考え方のように思える。そんな風に割り切れるの? 本当に? 身近な人が自殺した朝に『彼女はただ死んだだけだ。それ以上でもそれ以下でもない』って、思うようになれるのか?
原稿に行き詰まったので、外をぶらつこうと玄関に行ったら、母親が「どこに行くの? そんな格好で」と聞いてくる。どこに行くつもりもなかったので答えに窮してしまった。ただの散歩にも意味を求めてしまうのに、人はそんなに簡単に意味を求めないで生きていけるようになるんだろうか?
・結局、生きていることに意味はないし、人間が生きようとか子孫を残そうと思うのは脳がそうプログラミングされているからでしかないわけで。
そう、人間の脳は意味を求めるようにできている。というのに、脳の外側の世界には何の意味もない。それが虚無の原因なのだと思う。だから、僕が虚しさを感じるのはそういう脳のプログラミングのせいってだけなのかもしれない。でも、じゃあどうやったらその脳みその外側に行けるんだろう? 脳みその、外側に、行けたらいいのに。
・厳密に言うとこの世は修行するための仮の世界であって、あの世が本来の世界です。魂のレベルが上がると物質の無い世界へと行きます
多分この人は、何か宗教みたいなものを信じているんだと思う。僕も実際にはそうであってくれたら、とたまに思う。何故なら、世界には意味なんてない、というより、その方がよっぽど人間の思考にとって合理的だからだ。
僕も出来ればレベルアップして本来の世界に行ってしまいたい。それで伝説の剣とか装備して魔王とかと戦いたい。たららららったったったーん! 奥山村人はレベルが上がった。
薄々感づいていたけれど……もしかしたらやっぱり、宗教以外に僕が救われる方法はないんじゃないか、とも思う。
やっぱり、神、信じるしか、ないのか……?
それにしても神様というのはもし本当にいるとしたら、どんな奴なんだろうと思う。偉いんだろうか。別に偉そうでもいいけど。出来ればなるべくわかりやすく、真理とか説いてくれると良い。池上彰くらい分かりやすかったら良いのにと思う。インスタントに簡単に次々と救いと悟りを与えて欲しい。
でも神様なんて本当にいるんだとしたら、そいつはやっぱり酷いサイコパスか何かなのだと思う。こんな風に簡単に人を殺し、あるいは生かし、弄ぶそいつに文句の一つでも言ってやりたくなる。
ふざけんなよ。
ハッピーエンドを目指してる
先日、担当編集者がプライベートで、関西に旅行に来た。彼に呼び出されて僕は久しぶりに髭を剃って外に出た。梅田で落ち合ってビールを飲みに適当な店に入る。
店内は、間接照明でぼんやり明るく照らされた雰囲気の良い内装で、これからセックスするわけでもあるまいし、何で男二人でこんなところで酒飲まなきゃいけないんだよ、と白けた気分になったので、屋外のテラス席で飲むことにした。オープンテラスに陣取って、昼からビールだ。昼ビール、無職ビールだ。
商業ビルの近くに植えられた木々の葉が細かく揺れていた。その細かい揺れ方はまるで、これはプレステのCGじゃないんですよ生々しい現実なんですよ、と僕に語りかけてきているようだった。
担当編集者は編集長から、「奥山さん、これから連載どうしたいんだろうね?」と聞かれたらしい。それに対してどう答えたのかと聞くと、彼は、
「ハッピーエンド、目指してるらしいですよ」
と答えたという。
つまみもなしにビールを飲み続けて、二人共あっという間に酔ってしまった。「もう歳だよな」と僕は言った。「すぐ30ですから」と彼は諦めたような目で答えた。
それは打ち合わせといえば打ち合わせと言えなくもなくて、何だかんだずっと連載の話をしていたような気がするけど、結局特にこれといった結論は出なかった。
「最終回、死んで終わりってどうよ?」
「もっと面白いアイディア出してくださいよ」
彼は小馬鹿にしたように鼻で笑った。
帰りのJRは結構混んでいた。大勢の人、人、人が乗り込んでくる。ふっと、突然、また死にたくなってきた。一旦死にたくなると止まらない。
JRは、私鉄より、車輪の軋む音はうるさい。カーブを曲がる度に、きぃん、と耳障りな音が響く。JRじゃなくて阪急で帰ればよかったと思いながら、僕はたまらず外に出た。知らない駅のホームに降りた。
無意識というのは、この僕をどのくらい規定しているんだろう。
気づけば僕は、見知らぬ田舎の駅のベンチにうずくまっていた。
吐き気がした。でも、まだ、吐かない。
「まだ死なないぞ」と、僕はうわ言のようにつぶやいて、周囲にいた人から気味悪がられた。
僕は他の何も無い奴らとは違う
・「生きてる意味が分からない」っていう戯れ言。これね、小説家とかミュージシャンとか、そういう自己表現でメシ食おうとしてちょっと真似事をしてみたけど、才能の無さから諦めた人がよくノタマウ言葉だよな
・才能のない人間が自己表現を仕事にしようとすると、その人の一生の中でとても重要な期間を無駄に過ごしてしまって、その後どんなに後悔してやり直そうとしても、人生の取り返しがつかなくなるということを改めて確認させてくれた
うるさいんだよ。才能がなかったら書いちゃいけないのかよ。いや才能ってなんだよ? そんな魔法みたいに便利な言葉で、僕の価値を推し量んなよ。そんなものが生まれつきあるかどうかで人生が決まるのかよ。一体、お前に僕の才能の何が分かるんだ?
・我々教員側、目上の人間側からみて、「この学生は、子供のまま中年化してないし、根拠なき万能感も持ってないし、あきらめてもいない」という評価のできる学生ももちろんいて、そういう学生と、「子供のまま中年化」していく学生との間には、あらゆる意味において絶望的なほど差があるということです。
根拠なき万能感の、何が悪いんだ? それでも諦めてなくて、何か悪いのか?
・なけなしの知識引っ張り出して、カッコつけた文体真似て、自分は他の何も無い奴らとは違うんだ! って思いたいんだろうね。もうなんか本当に可哀想で恥ずかしくて見てられない。
そうだよ。僕は他の何も無い奴らとは違うんだ。僕は他の何も無い奴らとは違うんだ。僕は他の何も無い奴らとは絶対に違うんだ!
この連載は失敗だった
・最後まで姑息でクズ。終わってくれて清々する
・死にたいだの病んでるだの言って結局死なない自傷レベルの構ってちゃん
・いろんな劣等感や、自分が人より優れているという幻想を抱いているのは分かりますけど、そろそろただの極々普通の思考と能力しかないことを、言葉だけでなく、認めた方がいいですよ
・こういう葛藤は普通、10代で済ませるものなんだが? いつまでこじらせてんだ、働けよ
・生きてる意味? 仕事してみたら?
……でも、この連載は失敗だったと思う。全然ダメだった。僕は敗北した。敗残者だった。負け組だった。負け犬だった。負けだった。
コメント欄では毎週滅茶苦茶に叩かれて、言われたい放題だ。ロクなコメントがつかない。
応援してくれた人や好きだと言ってくれた人には申し訳ないけど、どう考えても失敗だった。全然、ダメだった。
この連載を始めて、僕に何か良いことあっただろうか? 何もなかった。嫌なことしかない。全世界に向かって、自分のみっともなさを晒しだしただけだった。思ったようにいかなかった。上手くいかなかった。アクセスも反応も二桁足りなかった。本当は『電車男』とかみたいに爆発的にヒットして、書籍化漫画化映画化、と華々しく成功、印税でウハウハ、シャンパンドンペリ、ランボルギーニ・カウンタック、豪華客船世界一周、ロイヤルスイート、VIP、そのはずだったのに。他の媒体から声が掛かるとかもない。僕はこれで終わり。
糸冬了。
色々書いてきたけどこれで僕は消えるんだと思う。どうせ。
まぁ、あと1回か2回くらいで終わるんだけど。この連載の最終回がアップロードされたあとの反応だって決まってる。
「どうせこんなことだと思ってました」「連載が終わってせーせーしました」「早く死んでください」「あーやっと終わった」「もう二度と文章は書かないで下さい」「この連載なんだったんだろう。一年間読んで損しました。読んだ時間を返して下さい」「こんな文章書いて恥ずかしくないんですか」「もっと早く終わればよかったのに」etc……
それにしても不思議だ。僕は偽者だったんだろうか? 何もない空っぽの虚ろな人間だったんだろうか? 語るべきことの持たない、空白みたいな。だから失敗したんだろうか?
この連載の何がダメだったんだろう?