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無職アラサー男性の人生相談・最終回 これからどうすればいいんだろう

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無職アラサー男性の人生相談

無職アラサー男性の人生相談

最終回。最後に何を書けばいいんだろう? ピストルをこめかみに当てられながら、何か言い残すことはないか、と言われてる気分だ。でも何もない。浮かばない。本当はもっと綺麗に締めくくれるハズだったのに。

大体、物語の主人公はラストで何かしら成長して終わるものだ。男女は出会ったら結ばれてハッピー、貧乏人は金持ちに、浪人生は大学に合格、刑事は真犯人逮捕、勇者は魔王を討ち果たす。無職だったら? 働くのが当たり前だ。それがストーリーってものなのだ。それは物語が人間に科す刑罰みたいなものだ。

なのに、僕はなんだ? いや、まさか僕自身、働かないまま終わりを迎えるとは思わなかった。なんだこれは? マジで嫌になる。結局六畳一間からどこにも行かず、ずっと悩んで悩み続けて終わるのか? おいおいおい、ちょっと待ってくれよ、そんなんでいいのか?

結局、深夜に書き始めて一行も書けず、気づいたら外が明るくなっていた。

・小説書いてる話は?

小説は、完成させて出版社に送った。それはある意味、僕の遺書みたいなものだった。

心に穴が開いたような気分だった。自分の半身をどこかに放流したような気持ちになった。それはきっと、僕の影とか負みたいな部分だった。そんな「生活に関係のない自分」みたいなものが、誰しもの中に詰め込まれてる。日々生活に必要なものなんて、限られていて、でもそれに比べて人間の脳の中にある感情とか考えは凄く雑多で、中には何の役にも立たないようなものがたくさんあるのだ。誰もが折り合いをつけて生きてる。

これからどうしよう、と冷静に思った。どうするもこうするもない。生きるか死ぬかだ。

それを、もう何千年も人類は悩み続けて来たのかと思うとぞっとする。いい加減飽きろよ、とも思う。もしかしたら、もっとずっと前、言葉なんてなかった時代からそんなことを悩み続けてきたのかもしれない。でも、言葉がないのに、どうやって悩んだんだろう。「この人生は生きるに値するんだろうか」という言葉の、言葉にならない部分の、この感情の感触。それを、昔の原始人も、僕と同じように感じてたんだろうか。虫も木も、イルカや猫のように悩むんだろうか?

・この人は激痛とか本当に死ぬかもしれない状況とかに無縁で生きている。だから死を概念として理解する。死はもっと痛くて恐ろしくて具体的なものだ。命の危険に直面して、延長線上に確実に死が待つ痛みを味わって、その上でもう一度死について考えた方がいい。たぶん今の心境にその経験がくっつけば人としてのあり方が変わるはず。

そういえば担当編集者は昔、病気で死にかけたことがあるらしい。という話を去年、彼の家に泊まったときの夜中に聞いた。手術後2カ月、激痛が走っていたらしい。痛み止めも効かなくて、強い麻酔を打ってもらったら、意識が飛んだ。

「でも、『ああ、気持ちよかったな』って笑っちゃいましたよ」
「で、死生観とか変わった?」
「変わるわけないじゃないですか。バカバカしい」

と言って彼はけらけら笑った。真っ暗になったワンルームの部屋で、僕たちは声だけで会話していた。

「生き残ったら、あとはもう、今までと同じってだけだから」

最後にぽつんと呟いた彼の言葉は、手放した風船みたいに宙に浮かんで、いつまでも天井に引っかかっていた。

DON’T TRUST OVER THIRTY

最終回の原稿を放り出して外に出かけた。何も考えてなかった。

鴨川の河川敷で、コンビニで買ったビールを飲み続けた。二本ずつ買って、飲み切ったらまたビールを買いに行くのを繰り返した。京都に住む人間にとって、鴨川というのはガンジス川みたいなもので、それを見ていると、すべては許されている、というような錯覚にとらわれる。何もかも水に流してしまいたくなる。過去や、自意識を。

このまま海まで流れていけたらいいのに。

川に入った。水しぶきが顔にかかる。川べりに等間隔に並んだカップルたちが、なんだなんだ、って顔で僕を見た。

足がつくほど浅かった水の水位が、やがてどんどん深くなっていった。ふと見上げたら、川の向こう岸に人影が見えた。

そこに、自殺した僕の友人たちが立っていた。

彼と彼女は、僕を小ばかにしたような顔で見下ろしていた。久しぶりに見る顔だった。

何を話せばいいか、わからなかった。僕が二人のことを思い出すのも、もう随分、久しぶりのことだった。

死んだ直後はよく思い出した。毎日思い出した。それが時間がたつにつれて、どうだ。だんだん思い出さなくなっていく。まるで、「向こうに行っても絶対手紙書くからね」って言って転校していくテレビドラマの小学生みたいに僕はそっけなかった。そんな手紙が書かれることはない。僕は何もしたくなかった。無職だって、何もしてなくたって、日々新しい知識や経験が増えていく。その分だけ、少しずつ、大切だった気持ちや思いを忘れていく。

大切だった人の記憶が、どんどん、薄らぼんやりとしていく。僕は二人のその顔や声の雰囲気や表情を、もうはっきりと思いだすことは出来なかった。「みっともないすね」と言って彼は笑った。「カッコ悪いですよ」と言って、彼女は笑った。

「僕は、裏切り者なのか?」
「へたれの凡人なんだから。日々の、ちょっとした幸せとか、噛みしめて生きればいいじゃないすか」

でも、僕はそれは、嫌なんだ。

嫌なんだ。虚しいんだ。生きていることが、虚しくて虚しくて、しょうがなくて、嫌なんだ。答えのない日々が。

嫌なんだ。生きてるんだか死んでるんだかわからないような毎日が。

嫌なんだ。生きてる実感を得るのが。掴むのが。

日々を生きる、「止まない雨はない」と誰かが歌う。それはきっと本当にそうなんだろう。そして雲間から暖かい日差しがさしてくる。いつかそのとき、僕はきっと思うんだ。生きるのも満更じゃない、って思うんだ。嫌なんだ。本当に。君たちが死んだのに。

昨日久しぶりに君の、mixiの日記を見たよ。僕たち、写真でも撮っておけば良かったのかな。三人で、一緒にさ。バカみたいに、ピースして。

「私たちは、永遠に思春期なんです。美しい少年少女のまま。でも、奥山さんは、これから老人になるの。老いと病、生やさしくない、あらゆる厄災が降りかかる」

・結局最後まで読んでもなにが言いたいのかわからなかった(笑)

「なぁ。結局、生きてる意味って何なんだ?」
「そんなのは、自分で考えて下さい。甘えないで下さいよ」

さよなら、今までありがとう

そこまで妄想したとき、携帯が震えた。見ると、ミョンちゃんからのLINE通話だった。

「最近、何してるのさ?」
「何もしてないよ。……今までと、同じで」
「じゃあ、いつ始めるの?」

・信用されると死にたくなる理由を教えてほしいです。わたしもだから。

理由は簡単だ。それは、自分が自分自身を、1ミリも信用してないからだ。信じられない僕を、誰かが信じるから、自分が信用に足る人間じゃないって、知っているから、それだから死にたくなる。

・ここに厳しいことが書いてあっても、私はやっぱり変わるのは今しかないと思っていて。

本当、格好悪いな。

引き返すなんて。

寂しくなるな。

二人に、共感しないと決めるなんて。

僕は川の向こう岸に向かって、心の中で強く叫んだ。

太宰治、芥川龍之介、さよなら。カート・コバーン、シド・ヴィシャス、イアン・カーティス、さよなら。山田花子、南条あや、二階堂奥歯、デレク・ハートフィールド、さよなら、さよなら、さようなら!

大好きだった。尊敬してた。みんなのこと。自分より、世界中の誰よりも。僕の、親で、恋人で、ヒーローで、憧れだった。死ぬほどカッコ良くて、だから、死んで。

自分の意志で死を選ぶ、それはこの世界と運命に対する、絶対唯一の、勝利の方法だ。

だけど僕は、負けたのだ。

振り返ると、視界には猥雑な町のコンクリートが広がっていた。欲望と惰性と打算が、強制と冷笑と矛盾が、混ぜすぎて真っ黒になった絵の具みたいに、色鮮やかな闇になってそこにあった。そこにはもちろん、僕の労働も含まれていた。そう決めたからには、働かなくちゃいけない。これから、もっとうまくいかないことが、きっとたくさんあるだろう。そしてどちらにしろ、僕はその全てをいつか必ず失う。

・夢は夢で寝てみるもの。なりたい職業ややりたい事は目標。夢という言葉は使わない。

というメッセージをくれた人がいたけど、でも、目標だけじゃなく、そもそも人生なんてどうせ、一瞬の夢だ。

僕たちの一瞬の夢。いつか消える日常。愛すべき唾棄すべき日々。

・「いつかは死んでしまう」事のせいにして今やらなければならない現実から逃げてるのかな。ずっと何かのせいにして何もやらずに生きていくの?

それでも、何もやらないまま死んでいきたくなかった。無意味に、無価値に、惨めに、死にたくなかった。

震えるほどの、生きる理由が欲しい。

十代の頃に信じてた、一番大切な気持ちと決別してでも。

生きてる理由がわからないまま、僕は死んで消えていきたくない。

「ねぇ、聞こえてる?」と言うミョンちゃんの不安そうな声が聞こえた。

「うん」

そして僕はタバコを吸って、ビールを飲み干し、立ち上がった。

生きよう、と思った。そう、口に出して、小さく呟いた。

信じるに足る自分になろう。

悩んで、既存の価値を疑い、葛藤する。もがく姿を、免罪符にする。それが許され得る時間は、終わり。もうすぐ30。「DON’T TRUST OVER THIRTY」なんて、言ってられない。これから僕は、疑う存在じゃなくて、疑われる存在になる。

僕は君たちを殺した世界の一部になる。

30を越えたら、空っぽじゃ、生きられないのだ。価値を生み出して。若者に疑われる世界の、疑われる大人の一部にならなくちゃいけない。自分は被害者なんだって顔で、居酒屋で政治にクダ巻く? いつまでも、子供みたいに? そうじゃないだろ?

もう、被害者じゃない。これから僕は、加害者になるんだ。

頭が、おかしくなりそうだった。自分が自分じゃないみたいだった。違和感があった。おろしたての革靴、なんとなく軽くしてみたタバコ、プールに身を投げ出したときのひやりとした水の感じ、白い紙の匂い、明け方に吸う澄んだ空気のように、全てが気持ち悪かった。

繁華街、目の前でたくさんの人間たちが、雑に足を踏み鳴らしながら、行き交っていた。むっとした熱気が、見えるようだった。早速、うんざりする。もうすぐ、夏が来る。すーっと息を吸って、吐く。

そして僕は、その中に飛び込んだ。

奥山村人

1987年生まれ。京都在住。口癖は「死にたい」で、よく人から言われる言葉は「いつ死ぬの?」。

@dame_murahito

http://d.hatena.ne.jp/murahito/