連載

無職アラサー男性の人生相談・最終回 これからどうすればいいんだろう

【この記事のキーワード】

・この人は激痛とか本当に死ぬかもしれない状況とかに無縁で生きている。だから死を概念として理解する。死はもっと痛くて恐ろしくて具体的なものだ。命の危険に直面して、延長線上に確実に死が待つ痛みを味わって、その上でもう一度死について考えた方がいい。たぶん今の心境にその経験がくっつけば人としてのあり方が変わるはず。

そういえば担当編集者は昔、病気で死にかけたことがあるらしい。という話を去年、彼の家に泊まったときの夜中に聞いた。手術後2カ月、激痛が走っていたらしい。痛み止めも効かなくて、強い麻酔を打ってもらったら、意識が飛んだ。

「でも、『ああ、気持ちよかったな』って笑っちゃいましたよ」
「で、死生観とか変わった?」
「変わるわけないじゃないですか。バカバカしい」

と言って彼はけらけら笑った。真っ暗になったワンルームの部屋で、僕たちは声だけで会話していた。

「生き残ったら、あとはもう、今までと同じってだけだから」

最後にぽつんと呟いた彼の言葉は、手放した風船みたいに宙に浮かんで、いつまでも天井に引っかかっていた。

DON’T TRUST OVER THIRTY

最終回の原稿を放り出して外に出かけた。何も考えてなかった。

鴨川の河川敷で、コンビニで買ったビールを飲み続けた。二本ずつ買って、飲み切ったらまたビールを買いに行くのを繰り返した。京都に住む人間にとって、鴨川というのはガンジス川みたいなもので、それを見ていると、すべては許されている、というような錯覚にとらわれる。何もかも水に流してしまいたくなる。過去や、自意識を。

このまま海まで流れていけたらいいのに。

川に入った。水しぶきが顔にかかる。川べりに等間隔に並んだカップルたちが、なんだなんだ、って顔で僕を見た。

足がつくほど浅かった水の水位が、やがてどんどん深くなっていった。ふと見上げたら、川の向こう岸に人影が見えた。

そこに、自殺した僕の友人たちが立っていた。

彼と彼女は、僕を小ばかにしたような顔で見下ろしていた。久しぶりに見る顔だった。

何を話せばいいか、わからなかった。僕が二人のことを思い出すのも、もう随分、久しぶりのことだった。

死んだ直後はよく思い出した。毎日思い出した。それが時間がたつにつれて、どうだ。だんだん思い出さなくなっていく。まるで、「向こうに行っても絶対手紙書くからね」って言って転校していくテレビドラマの小学生みたいに僕はそっけなかった。そんな手紙が書かれることはない。僕は何もしたくなかった。無職だって、何もしてなくたって、日々新しい知識や経験が増えていく。その分だけ、少しずつ、大切だった気持ちや思いを忘れていく。

1 2 3 4

奥山村人

1987年生まれ。京都在住。口癖は「死にたい」で、よく人から言われる言葉は「いつ死ぬの?」。

@dame_murahito

http://d.hatena.ne.jp/murahito/