連載

“王子様”というシステムの破壊と、抑圧された女性が解放され自立を目指すこと【少女革命ウテナ考察前編】

【この記事のキーワード】

姫の救済はシステムの破壊でしか成し得ない

 しかし。クライマックスで、暁生と対決するウテナは、暁生に対する怒りにとりつかれ、「アンシーを解放し僕が王子様になる」と宣言したところ、アンシーに背後から刺されます。

 アンシーを助けるために王子様になろうとするウテナが、アンシーに刺されるのはなぜか。それは、ウテナにとってもアンシーにとっても、従来からあるシステム――依存すればそれなりに快適で心地良い「王子様とお姫様(またの名を家父長制)」のシステム――を壊すこと・内面化された規範から自由になることがいかに困難かを表します。

 アンシーに対して王子様気取りでいたことを謝罪したにもかかわらず、ウテナは「あなた(暁生)から姫宮を解放する者になる!」「僕が王子様になるってことだろ!」と、「王子様」のシステムを捨てられていませんし、ウテナを刺したアンシーもまた、内面化した「お姫様」の規範から自由になれていなかったのです。ウテナの決意は、王子様でいるためにアンシーを縛り続ける暁生と同様に、「薔薇の花嫁としてのアンシーを必要とすること」でしかありません。王子様がいる限り、お姫様はお姫様であることから解放されないからです。

 王子が暁生からウテナに代替わりしたとして、それは「革命」とは言えません。せいぜいクーデターといったところです。王子が暁生であろうがウテナであろうが、王子が存在する限り、アンシーは「薔薇の花嫁/お姫様、そして魔女」という運命、あるいは内面化された規範から解放されることはないのです。「革命」とは、「政治システムの根本的な変更」であり、虐げられていたものが解放されることです。

 つまり、「薔薇の花嫁/お姫様、そして魔女」に縛られているアンシーを解放するためには、彼女を縛る「王子様」というシステムそのものを破壊することが必要であり、それこそが、「アンシーの世界を革命すること」なのです。

 アンシーに刺されたウテナは、それでもアンシーを助けようと行動します。傷つけられても相手を許し、ひたむきに献身するウテナは、「王子様になってお姫様を解放する」という、誰かを抑圧する従来のシステムに頼らず、対等な人間として相手を思いやろうとしたわけです。そしてそれは紛れもなく、「志高く生きる」ことであり、王子にならなくても志高く生きることはできるという証明でもあります。決闘を終え、閉じこもるアンシーに、「いつかいっしょに輝いて」と約束したウテナは、「やっぱり僕は王子様になれないんだ」「王子様ごっこになっちゃってごめんね」と謝罪。王子様になることを諦め、そのまま行方不明になります。

 「ウテナ」とは花の花弁を支える「がく」のことであり、「アンシー」はギリシャ語で「花ひらく」を意味します。ウテナの支えによってアンシーが花ひらく。ウテナが先に王子様になることを諦め、放棄したからこそ、アンシーの心は「革命」され、「薔薇の花嫁/お姫様、そして魔女」という呪縛から抜け出し、一人の人間として生きる道を選ぶ決意をすることができたのです。そして物語は劇場版へ続きます。

 TV版の「世界を革命すること」とは、姫宮アンシーという従順で常に自我や感情を押し殺している、人間として扱われていない、差別され抑圧され、それゆえに利己的でずるい少女が、天上ウテナのどんなときも理想を失わないで強く誇り高く生きる姿を見ることと、彼女のひたむきな友情と献身によって、「希望」という感情を知り、自分も「理想」や「希望」を持ち、誰かの所有物である「薔薇の花嫁」や、王子様に依存する「お姫様」、自分にも他人にも嘘をつき続ける罪悪感に縛られた「魔女」としてではなく、自我をもった一人の人間として生きても良いと気付き、「いつかいっしょに輝いて」というウテナとの約束を胸に、その第一歩を踏み出すことです。

 劇場版『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』は、TV版のアンシーのようなヘアスタイルになったウテナが、鳳学園に転入し、TV版のウテナのようなヘアスタイルになったアンシーと出会うところから物語が動き出します。TV版では強くて悪くてかっこ良い王子様として、時にウテナやアンシーの前に立ち塞がった桐生冬芽と鳳暁生という二人の「王子様」は、既に死んでおり、亡霊として彼女たちの前に現れるだけです。

 つまり、劇場版ウテナは、「薔薇の花嫁・お姫様」ではなく、自我をもった一人の人間として姫宮アンシーが学園を出た後の物語であり、TV版の終了を経た、「王子様」というシステムが破壊された後のウテナたちが、その経験を持ったまま移動した別の世界で起きた物語であり、ウテナとアンシーの髪型の入れ替わりは、アンシーの傷や気持ちを知るウテナ、ウテナの意思を引き継ぐアンシーを象徴しているのではないでしょうか。

 前置きが長くなりましたが、後編ではようやく、劇場版『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』の考察に入っていきたいと思います。

(後編は6月10日更新予定です)

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」