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女性が男性に依存せず一人の人間として生きるようになったら、「男性性」の優位性はなくなり、男性もまた一人の人間として生きねばならなくなる。【少女革命ウテナ考察後編】

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柴田英里

(C)柴田英里

■“王子様”というシステムの破壊と、抑圧された女性が解放され自立を目指すこと【少女革命ウテナ考察前編】

「卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれずに死んでいく。雛は我らだ、卵は世界だ。世界の殻を破らねば、我らは生まれずに死んでいく。世界の殻を破壊せよ、世界を革命するために」

 これは、TV版『少女革命ウテナ』で、桐生冬芽をはじめとした生徒会役員たちが、繰り返し読み上げる台詞であり、少々文面は変わっていますが、ヘルマン・ヘッセの『デミアン』からの引用で、「卵は世界だ、生まれようと欲するものは一つの世界を破壊しあければならない。鳥は、神に向かって飛ぶ」というのが元の言葉です。

 劇場版ではこの台詞は出てきませんが、劇場版のCMのはじめに、「神の名はアブラクサス」という文字が出てきます。

 「神の名はアブラクサス」、これは、前述の『デミアン』から引用された詩の続きに出てくる神の名です。アブラクサスとは、キリスト教にとって対抗勢力であったグノーシス主義の神で、善悪を包摂する性質を持つため、二元論が基本であるキリスト教の教義とは折り合いが悪く、そのため、中世には「アブラクサス=デーモン」と見なされ、異端とされた歴史を持ちます。

 「神の名はアブラクサス」という言葉が示すもの、それは、劇場版『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』は、キリスト教的二元論世界(「王子様」システム・家父長制)を破壊し新たな一歩を歩むことが描かれたTV版『少女革命ウテナ』から少し先に進んだ世界、アブラクサスが神である世界=キリスト教的二元論に包摂されない世界に向かっていく物語であるということです。

お互いのことしか考えていないのに、お互いを見ようとしないカップル

 『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』は、私立鳳学園に男装した女子生徒・天上ウテナが転校してくるところからはじまります。TV版では学園の外の視点から前方後円墳型の全貌がわかった私立鳳学園ですが、劇場版では幾何学的な校舎が蠢いている状態として描かれ、外からの視点もなく、学園の全貌は明かされません。

 転校生のウテナは、クラスメイトの篠原若葉に学園を案内され、高等部で「王子様」と言われている女子生徒・有栖川樹璃の姿を見つけます。フェンシング部のキャプテンであり、ウテナと同じく男装の麗人である樹璃を、若葉は「もしかしたら、あなた(ウテナ)のライバルかもね」と称します。

 いつのまにか若葉と別れたウテナは、かつて恋人であった桐生冬芽と偶然再会し、彼に「王子様さ、僕はあんたと別れてから決めたんだ、志高く生きるんだって」と男装の理由を説明し、彼からデュエリストの証である薔薇の刻印の指輪をもらいます。

 バラ園に移動したウテナは、理事長の妹でバラ園を管理する姫宮アンシーと出会い、彼女が決闘の賞品としてやり取りされる「薔薇の花嫁」であることを知ります。女性をモノとしてやり取りすることへの怒りや、モノとしてひどい扱いを受けても従順に従っていることへの憤りから、ウテナは現在のデュエル勝者でアンシーを所有する西園寺莢一と決闘し、勝利します。

 デュエルの勝者となったウテナの元にやってきたアンシーは、従順なのにつかみどころのない態度こそTV版から変わらずですが、ウテナに対しての態度が能動的で挑発的になり、自らウテナと対等に付き合おうとする行動をとります。TV版ではウテナがどれだけ拒んでも様付けで名前を呼ぶことを辞めなかったアンシーが、「ウテナ」と呼び捨てで呼び、ウテナが嫌がっているにも関わらずクローゼットの中の私服を取り出し、「あらー、かわいい服がいっぱい」と、普段は男装しているウテナに対して明らかな挑発をします。劇場版のアンシーは、デュエル勝者の所有物「薔薇の花嫁」でありながら、彼女なりの感情と考えに即して行動しているのです。

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」