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女性が男性に依存せず一人の人間として生きるようになったら、「男性性」の優位性はなくなり、男性もまた一人の人間として生きねばならなくなる。【少女革命ウテナ考察後編】

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 桐生冬芽の元に、アンシーの兄・鳳暁生から電話がかかり、暁生は冬芽にTV版の童話『薔薇の物語』によく似た話をします。暁生が語る「薔薇の王子様」の話が、童話『薔薇の物語』と大きく異なるのは、「王子様の正体は蠅の王で、魔女だった妹の力で王子様になっていた」ということです。そこには、TV版のような高い理想を持った王子様の姿はありません。薔薇の王子様が王子様でも人間でもなく蠅であったことは、劇場版の世界は、「王子様」システムが既に破壊されていることを示すのではないでしょうか。

 夜、決闘広場で薔薇の世話をするアンシーをウテナは問いつめます。薔薇の花嫁のこと、桐生冬芽が以前のような、ウテナにとっての王子様でなくなったのは、アンシーのせいではないかという不信感をぶつけ、「王子様なんて…いないんだ」と、落胆します。

 ウテナの弱さを見たアンシーは、斧で水道管を叩き切って決闘広場を水浸しにし、夜空を反射する鏡面の世界を作りあげ、ウテナと共に踊ります。ここでもアンシーはTV版より能動的です。

 薔薇の浮かぶ鏡像の世界のアンシーとウテナは、現実の制服姿ではなく、ドレス姿と髪を解いたウェーブのロングヘアに決闘時の正装という姿をしています。鏡像の彼女たちが、理想を具現化したものであるディオスの剣を用いて決闘する姿に変化しているのは、ウテナの弱さを知ったアンシーが、ウテナの内面を理解し、弱さをさらけ出したウテナが、アンシーと向き合い打ち解けようとすることの象徴なのではないでしょうか。踊りが進むと、鏡像の彼女たちが、まるで鏡像の方が実体であるかのように生き生きとした表情をみせるのは、他者を思いやり、内面を理解することで、より良い関係性が築けることを示すよう見えます。

 アンシーに弱みを見せることで心が軽くなったウテナは、アンシーのことをより知りたいと思い、肖像を描き合う授業でペアを組みます。アンシーに展望室へ導かれたウテナは、改めて、「君と友達になりたいんだ」と言います。アンシーと向き合おうとするウテナの姿を見て、アンシーはウテナに秘密を打ち明けます。胸に大きな穴の開いたアンシーのシルエットは、展望室で兄・暁生に薬で眠らされ犯されていたこと、兄に無抵抗でいることで、彼がより罪悪感を抱くよう仕向けたこと、つまり、身体と心に受けた暴力と、暴力を無抵抗に享受することで暴力者を痛めつけたことによる罪悪感によって傷ついている、彼女の心の象徴です。

 樹璃の幼なじみであり、樹璃が密かに想いをよせる高槻枝織は、桐生冬芽と裸でベッドに入りながら、「私の“王子様”を死なせた」樹璃に、「一生“王子様”の身代わりをさせてやる」と愛憎を吐露します。「だってあいつ気持ち悪いのよ」「(ペンダントの)ロケットの中に、私の写真入れて、一人でじっと見つめてるの。もうゲロゲロって感じ。それがウワサになって、いい迷惑してるんだから」と樹璃を激しく嫌悪する割には、枝織は樹璃のことしか考えていません。裸で共にベッドに入る仲の冬芽が、「幼い時父親に売り飛ばされた」という衝撃的な話をしても、枝織はまったく気にかけず、樹璃の話をし続けます。枝織の頭の中は、それほどまでに樹璃でいっぱいで、幼い時に失った「王子様」のことも、目の前の冬芽に対しても、本当は興味などないのです。

 枝織は、「ウワサされて迷惑している」樹璃にしなだれかかり、樹璃を刺激し、彼女がウテナと決闘するように仕向けます。枝織にけしかけられた樹璃は、ウテナと闘うことを決めます。枝織のことが好きな自分から逃避するために「学園みんなの王子様」として振る舞い、枝織と向き合うことが出来ない弱さを隠すべく「全てを断ち切るために力が欲しい」と願おうとも、目の前に枝織が現れれば抗えないほど、樹璃は枝織のことが好きなのです。樹璃と枝織は、TV版の「王子様とお姫様」のシステムに共依存した暁生とアンシーのように愛憎に溢れ、そしてお互いがお互いのことを見ようとしていません。

 鐘が鳴り、ウテナと樹璃のデュエルがはじまります。樹璃は、TV版で唯一ウテナが直接の攻撃で勝てなかった人物でもあります。一度目は自らの攻撃によって払ったウテナの剣が偶然落ちてきたことによって、二度目は枝織の写真が入るペンダントが壊れたショックから試合を放棄した樹璃自身の手によって、胸の薔薇が落とされ敗北しました。

 枝織に本心を伝えること、あるいは、枝織と結ばれることを「奇跡に等しいこと」とし、奇跡の力を願いつつも否定する葛藤の中にあった樹瑠にだけ、ウテナが直接勝てなかったことは、他のデュエリストの願いよりも樹璃の願いがいっそう強いものであったことの証であり、樹璃と枝織が、ウテナとアンシー同様に強く惹かれ合っていることを示します。

 樹璃がウテナのことが気に入らないこと、枝織がアンシーに執着することは、彼女たちのウテナとアンシーへの羨望と嫉妬の現れです。能天気そうな転校生のウテナと自分の意思がまるでないようなアンシーが、自分たちが長年抱えてきた葛藤や苦しみをまるで経験せず、対等な関係性を築いていく(ように見える)ことは、樹璃にとっても枝織にとっても、耐えられないほど羨ましく妬ましいことなのです。

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」