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女性が男性に依存せず一人の人間として生きるようになったら、「男性性」の優位性はなくなり、男性もまた一人の人間として生きねばならなくなる。【少女革命ウテナ考察後編】

【この記事のキーワード】

システムからの脱出

 『少女革命ウテナ』が、年月を経ても未だに多くの人間を魅了しファンを増やしているのは、女性が抑圧から解放されるフェミニズムだけでなく、上記のようなメンズスタディ−ズや、レズビアンなどのセクシュアルマイノリティーのあり方を思考するクィアスタディ−ズが、作品の中で同時に行われているからではないでしょうか。

 樹璃との決闘にウテナが勝ったあと、薔薇園から暁生の死体が発見されます。そして、アンシーを含む大勢の生徒の前で、高槻枝織は、アンシーと暁生の秘密を暴露します。アンシーは気が動転して逃げ出し、追いかけてきたウテナに「学園に留まり『王子様とお姫様』として生きよう」と言うのですが、ウテナは、「そうじゃない、行こう。外の世界へ」と誘います。

 巨大なカーウォッシャーが現れ、カーウォッシャーに包まれたウテナはピンク色のスポーツカーに変身します。文字で書くとなんだかよくわからない情景ですが(笑)、車という移動手段は他の交通手段よりも、「自分の意思で自分の望む場所に行く」という側面を強く持つ乗り物です。ですので、車に変身するウテナは、「自分の意思で自分の望む場所に行く」という意思そのものになると考えられます。ですが、「(車の)カギが見つからない」と錯乱する暁生の幻影が示すように、意思を持つだけでなく、行動に繋げなければ、現実はなにもかわりません。カギ(理想)をポケットから取り出し、ウテナの車に乗り込むアンシーは、ウテナの意思に賛同し、それを実行することを意味します。

 車になったウテナと彼女を運転するアンシーの後ろを追いかけてきたのは、ウテナと同じく車になった枝織でした。彼女がなぜウテナとアンシーに執着するのか。それは、ウテナとアンシーに対する羨望と嫉妬です。枝織が「気持ち悪い」と罵りながらも樹璃に執着し続けるのは、樹璃が許せないからではなく、いつまでたっても自分に向き合おうとしない樹璃の態度が許せないからであり、樹璃が枝織を好きであることと同様に、枝織も樹璃のことが好きだからです。

 「この世界から脱出するなんて、そんな格好いいこと、あなたたちだけにさせるもんですか!」という枝織の言葉は、本当はアンシーとウテナのように、樹璃と一緒に強制異性愛や家父長制といった規範から自由になりたいという羨望の裏返しなのです。

 だから、アンシーとウテナを追いかける枝織が自滅するのは必然です。枝織が本当にしたいことは、アンシーとウテナを僻み陥れることではなく、樹璃と向き合い、樹璃とともに「この世界から脱出すること」なのですから。

 枝織の車に続いてアンシーとウテナを追いかける沢山の車の攻撃に車(ウテナ)を何度も傷つけられ、諦めかけたアンシーを助けたのは、樹璃と幹と西園寺でした。

「志が高いと、いい仲間が集まるものだ」
「僕たちも、いずれは後に続くつもりです!」
「外で会えたら、今度は堂々と口説き落としてみせる」

 彼らはアンシーとウテナをねぎらい、自分たちも彼女たちのように「誇り高く生きる」と約束します。

 西園寺は、力強く暴力的な男性性によって女性を支配することこそが好きな相手に好意を伝えることであると信じて疑っていない無邪気なバカでした。幹は、双子の妹・梢の過去を勝手に美化して、目の前の梢自身や彼女の怒り(カミソリを幹の首に押しあて脅す程)を都合良く無視し続けるという傲慢さを持っていました。そして樹璃は、枝織のことが好きな自分から逃避するために「学園みんなの王子様」として振る舞い、枝織と向き合うことが出来ない弱さを隠すために「全てを断ち切るために力が欲しい」と願っていました。臆病ゆえに自分の気持ちを偽り続け、結果的に枝織を蔑ろにし続けていたのです。

 でも彼らは、ウテナと出会い、ウテナとアンシーの「誇り高く生きる」姿を見ることで、自らも彼女たちのように生きようと決意をするのです。ウテナとアンシーを助けた後、バイパスを降りて学園に戻った彼らは、自分自身の抱える問題と向き合うことでしょう。

 彼らの友情と手助けによって、アンシーが外の世界を目指す決意を新たにすると、傷ついた車(ウテナ)は回復します。一瞬でリニューアルされる車は、強い意志を持てば、何度傷ついてもまた立ち上がることが出来ることの象徴でしょう。

 車(ウテナ)を運転し外の世界を目指すアンシーの前に最後に立ちはだかったのは、学園の空に浮かんでいた巨大な城と、アンシーの兄であり王子様であった鳳暁生の幻影です。暁生の幻影は、アンシーに元の世界に帰ろうと語りかけます。「よせ。どうせお前たちが行き着くのは、世界の果てだ。」と引き止める暁生にアンシーは、「そうかもしれない。でも、自分の意思でそこに行けるんだもの。さようなら、私の王子様」と決別の言葉を送ります。

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」