連載

女性が男性に依存せず一人の人間として生きるようになったら、「男性性」の優位性はなくなり、男性もまた一人の人間として生きねばならなくなる。【少女革命ウテナ考察後編】

【この記事のキーワード】

 「王子様」というシステムを破壊し、内面化された「お姫様」という規範・抑圧から自由になる。強制異性愛・家父長制といった制度とは別の方法で、自分たちの道を切り開くこと。

 前方後円墳型の全貌を持ったTV版の学園とは違い、幾何学的で外からの視点もない劇場版の学園は、学園自体が内面化した規範や抑圧そのものであることを表します。だから、劇場版の学園の外の世界は、制度も規範もないかわりに、道すらもない荒野なのです。

 従来の規範から逸脱した新しい道を切り開くことは、とても険しく、失敗したり後悔するかもしれません。ですが、それこそが、アンシーとウテナが悩み、傷つき、闘った結果導かれた、「世界を革命すること」に他ならないのです。ウテナがアンシーに、「僕たちは、王子様を死なせた共犯者だったんだね」と言うのは、「王子様」などはじめからいなかった(既に死んでいた)という意味や、「王子様システム(家父長制)」を壊した共犯者という意味もありますが、もっと単純に、「レズビアンには王子様(男性)は必要ないわ」ということでもあります。

 TV版で、「“王子様”というシステムの破壊」と、「献身的な友情と希望によって、抑圧された女性が解放され自立を目指すこと」を達成した後の、劇場版『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』のテーマは、「内面化された抑圧から抜け出すことの困難さに打ち勝つこと」と、「あらゆる規範や抑圧を乗り越えて、私らしく生きること」、そして「レズビアニズム」です。

 TV版の「世界を革命すること」が、アンシーという抑圧された女性が抑圧から解放され自立することであったことに対し、劇場版の「世界を革命すること」は、「あらゆる規範や抑圧を乗り越えて、アンシーがウテナと共に生きること」であり、それは、TV版よりもより強いレズビアニズムを孕みます。

「僕らが進めば、それだけ世界は拡がる。きっと」

 ウテナの、この希望に満ちた言葉によって、映画は幕を下ろします。

 アンシーとウテナの物語が、歳月を経ても色あせず強烈に私たちを魅了するのは、彼女たちが、制度や規範を改良し包摂されることではなく、まったく別の道を切り開くことを選択したからです。

 現在は、この作品が作られたころよりも、強制異性愛や家父長制といった制度は少しだけ弱まり、「LGBT」や「ダイバーシティ」といった言葉は耳慣れたものとなり、マイノリティの社会包摂が積極的に議論されるようになりました。

 結婚したいのに結婚という制度が利用できない同性愛者をはじめ、マイノリティがマイノリティであるが故に、社会から阻害されることは解消されるべきですが、私は、マイノリティがマイノリティとしてのアイデンティティを捨ててマジョリティの規範や制度に無理矢理あわせる必要もないと思います。

 ウテナとアンシーが、異端と差別されたり、神に背くことであろうとも、強制異性愛や家父長制とはまったく別の道、二元論に包摂されない世界に向かって進んでいく姿に、勇気をもらう人間は、今もなお決して少なくはないと思うのです。

1 2 3 4 5

柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」