インタビュー

多様化していくバービーと、ピンクによる武装/『女の子は本当にピンクが好きなのか』堀越英美×柴田英里【3】

【この記事のキーワード】
女の子は本当にピンクが好きなのか

堀越英美『女の子は本当にピンクが好きなのか』 Pヴァイン

 現代女性を取り巻く“ピンク”という色について、欧米の女児カルチャーや女児向け玩具、国内の女児向けアニメなどを通して深く考察した一冊『女の子は本当にピンクが好きなのか』(Pヴァイン)。著者の堀越英美さんは日本で子育てをする二女の母だ。

 今回messyでは、バービーやプリキュアなど同書でも取り上げられたカルチャーに詳しく、しかし堀越さんとはまた異なる見解を持つ柴田英里さんと、堀越さんの対談を企画。女の子として、女として、私たちはピンクとどう付き合い生きていくのか。全5回にわけて掲載します。

(聞き手:下戸山うさこ)

【1】「お母さん」よりも楽しそうな仕事に就きたかった/『女の子は本当にピンクが好きなのか』堀越英美×柴田英里
【2】殴れないプリキュア、女のケア役割。/『女の子は本当にピンクが好きなのか』堀越英美×柴田英里
【3】多様化していくバービーと、ピンクによる武装/『女の子は本当にピンクが好きなのか』堀越英美×柴田英里
【4】ダサピンクマーケットの根底にあるのは<良い女><悪い女>の分断ではないか/『女の子は本当にピンクが好きなのか』堀越英美×柴田英里
【5】王子様なんて要らない、ピンクの抑圧を受けない女の子たち。/『女の子は本当にピンクが好きなのか』堀越英美×柴田英里

<同書の書評はこちら>
ピンク解放運動を追う 「女らしさ」に閉じ込められたピンクの歴史

「強いピンク」の獲得

柴田 『女の子は本当にピンクが好きなのか』を拝読して、私と堀越さんの視点はかなり違うな、と思ったのですが、大まかに言えば「誰の視点で見たピンクか」というところが異なるんでしょうね。堀越さんが書かれたのはシスヘテロジェンダーの視点から見たピンク論で、私が持つのはクィアから見たピンク論なんですよ。

堀越 そこは大きな違いですね。私はどうしても保護者目線になってしまうので。

柴田 アメリカのカルチャーをたくさん本の中で取り上げていますけど、『キューティーブロンド』を上げなかったのはなぜですか? どピンクを身にまとったまま弁護士になった女性が、男性的な領域である社会の中で、ピンク的な特性をいかして成果を上げていくストーリーで私はとても好きなのですが。たとえば、ある事件の容疑者が「その時間はシャワーを浴びてたよ」とアリバイ証明を試みるのですが、その人物が髪にパーマをかけたあとだったということに着目した主人公は、「パーマをあてた人は24時間シャワーを浴びられないわ!」とアリバイを崩すんですね。それってパーマをあてたことのある人じゃないとわからないこと。美容院でパーマをあてるというのは「ピンク」な領域の行為。主人公は、ピンクな女であることによってバカにされるんだけれど、ピンクな領域で得てきた知識で難事件を解決していくんですね。男社会で生きている人々には解けない謎を、見事に解いていく。ピンクが役に立つわけなんですね。そういうピンクを読み替えるっていう視点が、この本にはちょっと少なかったかな。

堀越 カッコいいですよね、キューティーブロンド。調べてみるとアメリカの「コードピンク」のようなピンクを前面に出した社会運動も結構あって、一応メモしてはいたんですけど、力不足で、この本には入れられなかったんですよね。インドでピンクギャングという集団もいて……インドって男尊女卑がすごい激しいといわれているじゃないですか。特に農村地域はひどい。

柴田 レイプに抗議したら殺された、という事件もありますよね。

堀越 ええ。そんなインドで2006年に女性の人権を守るために女性たちが「グラビギャング」という団体を立ち上げたんです。ピンク色のサリーを身にまとい竹の棒で武装して訓練をし、「どこそこ何丁目の暴力夫が妻を殴りつけているぞ!」と情報が回ってきたらその暴力夫をやっつけにいく。非道な行いをする男性たちを、本当に成敗しているんですね。2012年にドキュメント映画化もされ公開になりました。そういうカッコいいピンクのお話も世界にはたくさんあるのですが、ちゃんと調べきれなくて今回の本には入れることができなかったんです。中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)のピンクのヘルメットの話も書きたかったんですけど。結局、メモ帳に残すだけで終わってしまって。ただ私以外にもっとそのあたりの運動に詳しいライターさんもいらっしゃるでしょうし、messyでどなたか執筆していただければと思います。クィア周辺の話についても、もう本当に、わかる方がお書きになった方が絶対いいと思うので。

下戸山 お二人の視点の違いといえば、<バービー人形>の見方も、かなり異なりますよね。

柴田 堀越さんは、バービーが多様性を持つこと、容姿がブロンドナイスボディだけじゃなく様々な国籍の女性として発売されて、職業も宇宙飛行士や起業家、科学者といった領域が想定されていることに肯定的ですよね。私も後者には同意です。理系領域の仕事をしている働くバービー人形が売り出されて、女児が理系に興味を持てるようなトイズがたくさん増えていくのは良いことである、と。ただ、前者に関しては、「ナイスボディのバービーに憧れて何がいけないの?」と、思っているんです。痩せ願望を極端に募らせるような造形のバービーも、否定しなくていいんじゃないか。それに憧れる子がいたっていいじゃないですか。「バービーになりたい症候群」をこじらせてスゴイ外見になっている人、いますよね。

(参考:柴田連載より)
バービー化したい女性たち。無性、無我、成熟の拒絶、「正しく健康な女性」から逃れること

堀越 有名な方が複数いらっしゃいますよね。

柴田 それはそれで、過剰だけれどいいじゃないですか。私にはああいう人たちってドラァグクイーンのような、クィアな振る舞いをしていると見える。女性らしさの規範とか異性愛の規範とかに一切とらわれていない、もっと言えば人間らしさの規範からも逸脱している。

堀越 面白いな、とも思いますが、でも破滅的だなとも。

下戸山 柴田さんは「破滅的で何が悪い破滅願望を認めろ」っていう主張がありますからね。

堀越 それはそれで、あってもいいけど。みんながみんなそこに行かない方がいいな、っていうのもありますね。人それぞれの選択は自由ですよ。だから、容姿端麗でボンキュボンのバービーだけじゃない、いろんな体型のバービーが出たり、一般的な体型で生理やセルライトもあるラミリー人形が出たりしていることは、肯定できると思っています。いろいろある中で、バービーを選ぶ、というのはアリだと思います。選択肢がバービーしかないのは良くないから、現状このように多様になってきているわけで。たくさんある選択肢の一つとして、細い手足に豊かな胸のバービーという形も残り続けるといいのではないでしょうか。

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