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生涯年収2700万円の差? “美人は得”社会に蔓延する羨望と嫉妬

【この記事のキーワード】

経済合理的に「美人が得」は本当か?

 美人税があって、イケメン税がないのは腑に落ちないが、「美人は得」という考えの背景には、男がことさら美人をありがたがり、またそうした男が社会の中心に居座っている現状が窺える。美人にさまざまな利益をもたらしているのは、主に世のおじさんたちなのだ。

 筆者がよく出入りしていたバーは、日ごとに担当が変わる「日替わりバーテンダー」制度が導入されていた。ほかに本職がある、いろいろなバックグラウンドを持ったバーテンダーの話が聞けることが魅力の一つなのだが、実際には「可愛い女の子」がカウンターに立っている日のほうが圧倒的に混む。もちろん、客のほとんどは男だ。男たちのさもしい根性が、そういう現象を生じさせているのだろう。しかし、それは仕方がないことなのかもしれない。

 この店は、売り上げに応じて、日当の金額が変わる。おのずと、「儲けられるバーテンダー」が有利になり、「儲けられないバーテンダー」は長く続かない傾向が出てくる。バーテンダーが「可愛い女の子」ばかりになることは必然の流れだ。オーナーも「可愛い女の子」を雇ったほうが得だと考えるだろう。経済合理的な観点から、「美人は得」という考えが強化される現場なのだ。

 モデルや芸能人、一部のサービス業といった職業以外にも、「美人は得」の価値観は浸透している。特にSNSが普及してからは、一般人でもセルフブランディングによって自らの魅力を外部にアピールし、収入につなげることが可能になった。そのときに、大きな要素になるのがビジュアルだ。美人のツイッターは、「おじさんホイホイ」なのではないかと錯覚することすらある。筆者が「可愛い女の子」だったら、フォロワーが3倍は多かった自信がある。

 労働経済学者のダニエル・S. ハマーメッシュは、著書『美貌格差 生まれつき不平等の経済学』(東洋経済新報社)のなかで、1970年代にアメリカで実施された容姿と収入に関する調査結果を紹介している。無作為に選んだ男女の容姿を5段階で評価してもらい、その結果と実際の収入を比較したものだ。なんともあけすけな調査であるが、結果は面白い。

 それによると、平均(3)と評価された人と比べて、4または5の美人は8%収入が多く、1または2の見た目が麗しくない人は4%少なかった。2010年におけるアメリカ人の平均収入で計算すると、美しい人と醜い人とでは2700万円もの生涯年収の差が出たという(男女平均)。2700万円あれば、かなりのことができる。やっぱり「美人は得」なのだ。

「エロティック・キャピタル」と悪女

 社会学者のキャサリン・ハキムは著書『エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き』(共同通信社)のなかで、「エコノミック・キャピタル」(経済的資産)、「ソーシャル・キャピタル」(人脈の資産)などと並んで、「エロティック・キャピタル」が重要な個人資産になりつつあると指摘している。「エロティック・キャピタル」とは、美しさ、性的魅力、自己演出力、社交スキルといったものを合わせた人間的な魅力のことを指す言葉だ。

 もちろん、「エロティック・キャピタル」は男も所有しているが、とりわけ有効的に働くのは、女が男と交渉する際である。いったい、なぜなのか。ハキム氏が各種の調査結果を分析して出した結論は、男の性的関心が女のそれを上回っているから、というものだった。

 だからこそ、「魅力的な女性を求める男性の飽くなき欲望が男女間の不均衡を生み、女性のエロティック・キャピタルの価値を高めている」のであり、それに気づきさえすれば、男よりも優位に立てるというのだ。どうしてこれまで「エロティック・キャピタル」があまり語られてこなかったのかというと、そのことに気づかれると男が困るから、というハキム氏の考えは興味深い。「もし、女に気づかれでもしたら大変なことになる」と男が思っているため、「エロティック・キャピタル」の存在がひた隠しにされていたというのである。

 さらに、「美人は得」という言葉には、差別的な意味合いも読み取れる。なにも、美人ではない人への差別という側面だけではない。「どうせ美人だから得しているだけでしょ」といった、「美人だから」を理由に、個人の能力や努力が正当に評価されない「不平等」もある。しかし、「エロティック・キャピタル」の考え方は、それを立派な個人資産と位置づけ、評価している。美人でなにが悪い。手持ちの資産を使う権利は、誰にでもあるはずだ、と。

 さて、前置きが長くなったが、「美人は得」の価値観が蔓延した結果、美人の象徴であり、「エロティック・キャピタル」を容赦なく行使する「悪女」が同性から支持を集めるようになった。しかし、それだけではない。「美人は得」という考え自体が男性中心社会による産物であり、その価値観から逃れる「強い女」としての「悪女」が、もう一つの憧れの女性像として設定されることになる。つまり、男を翻弄し、決して媚びない「悪女」である。

 次回は女性ファッション誌や週刊誌で、目指すべき女性像としての「悪女」がどのように扱われてきたのかについて見ていきたいと思う。「可愛さを武器にした21世紀ブリッコ悪女」としては、読者の皆様に徹底的に媚びて、次回も読んでいただけることを願うばかりだ。

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宮崎智之

東京都出身、1982年3月生まれ。フリーライター。連載「『ロス婚』漂流記~なぜ結婚に夢も希望も持てないのか?」、連載「あなたを悩ます『めんどい人々』解析ファイル」(以上、ダイヤモンド・オンライン)、「東大卒の女子(28歳)が承認欲求を満たすために、ライブチャットで服を脱ぐまで」(Yahoo個人)など、男女の生態を暴く記事を得意としている。書籍の編集、構成も多数あり。

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