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暴力的なまなざしを拒絶し、ナルシシズムを隠蔽する“変”顔加工アプリ

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(C)柴田英里

(C)柴田英里

 これまで写真加工アプリと言えば、「美肌」や「デカ目」や「細身」「足長」「メイク」、「赤目補正」などといった、被写体の顔を「美しく」見せたり「整え」たりするのが一般的でした。ものによっては、「デカ目すぎて、足長になりすぎて宇宙人みたい……」などと、特定のコミュニティの美と一般的な審美基準が明らかに異なるものもありましたが、概ね、「被写体をより良く見せる」ためにあるものでした。

 しかし、最近アイドルやモデルの間で人気の、顔がぐんにゃりと不自然に歪むアプリ『ヘンテコカメラ』や、被写体の顔を別の被写体の顔と交換したり、イラスト調から写実まで犬や猫の頭部と合成することが好評な『Snapchat』『SNOW』といったアプリの顔加工は、被写体を「美しく」見せたり「整え」たりすることとは真逆です。

 顔が不自然にぐんにゃりと曲がる加工を施せば、どんな美人も心霊写真のように、「写っていること自体が怖い」ような顔になりますし、ある人の輪郭の中に別の人の目鼻口を無理矢理はめ込む顔交換加工も、失敗した福笑いのような違和感や不気味さが伴います。

 コミカルな犬猫の耳やマズル、舌が加工処理される『Snapchat』『SNOW』は、上記のような「見てはいけない写真」感はありませんが、立体的なマズルの描写や写実的ではないけれどリアルで気持ち悪い動物の舌加工といった、絶妙にイラッとくる不気味さも兼ね備えているため、アイドルやモデルのファンからの評判はよろしくありません。

 モデルやアイドルが好んで使用する画像加工アプリがファンにすこぶる不評という現象は、まなざされることを仕事にする人たちが、その顧客であるファンからのまなざしを拒んでいるようで興味深いです。

「劣化」嘲笑コメントの暴力性を拒絶する“変”顔

 このような“変”顔加工アプリがアイドルやモデルのファンに不評であることは、ある種必然です。アイドルやモデルのファンの多くには、その人の「美しさ」や「かわいさ」をまなざしたいという欲望があります。そのため、自分がまなざしたいと思うその人の表情や好ましく思っている顔のパーツが、立体的な動物のマズルになっていたり、顔自体が本人の面影というか原型を留めないほど歪んでしまっていては、「まなざしたい」という欲望が満たされないからです。

 猫や犬の耳は、「媚び」とか「萌え」とか、愛玩動物的な客体性やかわいらしさを演出するアイテムとして定番ではありますが、これらのアプリの立体的な動物のマズルや、デロンと垂れ下がるリアルな動物の舌加工には、動物の耳の愛玩的な可愛らしさを補ってあまりある違和感やグロテスクさ、見たい部分を遮られているうっとうしさが漂っています。そして、そのまなざすものにてっての“うっとうしさ”こそが、これらのアプリがアイドルやモデルといったまなざされることを職業とする人たちから人気を集めている理由のひとつだと思うのです。

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」