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暴力的なまなざしを拒絶し、ナルシシズムを隠蔽する“変”顔加工アプリ

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 「まなざす」という行為には、多かれ少なかれ暴力性が伴います。意識的であれ無意識的であれ、まなざすことには、「まなざされること」を仕事にしている人たちが提示したいと思っている以上の情報を読み取りたいという欲望が潜んでいます。目の下に濃いクマが出来ているとか、少し太ったなどという身体の変化に対して「劣化」という言葉が使われることもあることが象徴するように、「まなざされること」は、しばしば暴力的な視線を受けることになります。

 そう考えると、まなざす者がイラッとしたりうっとおしく思う顔面加工アプリが流行するのは、まなざされる者たちの、「まなざされることなく顔を提示したい」というささやかな抵抗なのかもしれません。

 SNSに顔写真を投稿するのは、アイドルやモデルばかりではありません。そして、写真が投稿される以上、誰かしらにはまなざされることになりますし、そうなれば必然的に揶揄される可能性があります。「顔が歪むアプリ」や「動物と合成するアプリ」は、そうした揶揄対策にも向いているのかもしれません。

見せたい“充実”を写し、顔は隠せる

 また、被写体の顔に一律「変」な加工が施されることは、複数人で写った写真において、納得のいかない写りになっている者がいた場合のトラブルを回避することにもなり得ます。自分以外の複数の人が写っている時の写真をSNSなどに投稿する際は、被写体全員の合意を得ることが当然ですが、複数人写っている写真に対して、「写真をアップしても良いですか?」と聞かれて「その写真は写りが悪いのでアップしないで下さい」と答えるのは、「楽しい雰囲気を壊しかねない」とか「ナルシストと思われたくない」などの理由によって、難しい場合もあります。

 被写体の顔に一律「変」な加工が施される、「強制的に変な顔になる」ことは、美醜の問題から仮の脱却を可能にしますし、美しい娘が被ると老婆の姿になる不思議な皮をかぶることで身の危険を遠ざけたという昔話の「姥皮」のように、ナルシズムを隠蔽する装置にもなり得ます。少々余談ではありますが、ヤマンバ系黒ギャル集団「Black Diamond」で顔の表情をわからないように下向きで写真を撮ることが流行したこととも親和性があるとにらんでいます。

 「批判されるのが嫌なら写真をアップしなければ良いのに」「そうまでして、なぜSNSに顔写真を投稿したいのだろう?」と思う方もいるかもしれません。まなざされることに伴い得る理不尽な暴力を避けたいならば、そもそもまなざされないようにすれば良い。アイドルやモデルであればSNSに写真を投稿することも仕事の内でしょうが、そうでない者まで写真を投稿する必要はないと。

 「SNSに顔写真を投稿したい」という欲望の中には、「顔をまなざされたい」という欲望ではなく、「バーチャル上の自分の充実を提示したい」という欲望もあるのではないでしょうか。

 そうした場合には、「誰とどこで何をしたか」はわかるけれど、顔はわからない。モザイクのように犯罪者感を伴わず顔を隠すことができるという、顔に“変”な加工をするアプリはとても好都合です。

 “変”顔加工アプリの人気は、まなざすこととまなざされることの非対称性や、私たちの生活において、SNS上などのバーチャルな身体が、もはや生身の身体の充実や評価を左右するほど大きくなっていることを象徴するようで、大変興味深いです。

(柴田英里)

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」