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【祝・芥川賞受賞】コンビニという“人工子宮”に孕まれることで、母の“子宮”から逃走する村田沙耶香『コンビニ人間』

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 「LGBT」という名称を用いて紹介されることもあるセクシュアルマイノリティの連帯や運動には、「同性愛や両性愛は治療が必要な病気ではない」という大前提がありますが、「LGBT」の頭文字には含まれない、恋愛感情がないAセクシャルや性欲がないノンセクシャルといったマイノリティの「人と恋愛する欲望や性欲がなくても異常ではない」という主張は、同様に前提化されていると言えるでしょうか? 「『誰かを愛する気持ち』は自然なことだ」と称賛される一方で、「誰も愛さなくてもおかしくない」と認める働きかけは多くありませんし、あったとしてもスルーされがちです。

 それには、セクシュアルマイノリティの連帯や運動の多くが権利獲得のためのものであることや、社会構成員の割合の問題など様々な要因が関係しますが、この社会の人間のコミュニケーションが「人と人が恋愛する欲望」を信用の担保にしていることも関係しているように思えます。

 『コンビニ人間』は、「人と人が恋愛する欲望」を信用の担保にしている社会をユーモアたっぷりに描き出します。主人公はそうした社会から迎合を迫られたり、あるいは、イデオロギーに反旗をひるがえすことによって社会を内面化することを求められますが、精細なマニュアル通りコンビニで働くことによってのみ自らを社会の一員(=部品)であると感じる主人公は、「人と人が恋愛する欲望」を内面化することができません。はじめから、社会が交渉可能な相手ではないのです。

子宮からの逃走

 『コンビニ人間』は、前2作の『殺人出産』『消滅世界』と合わせて、三部作なのではないかと推測します。何についての三部作かと言えば、「子宮」、もっと言えば、「逃れられない母の身体からの逃走」にまつわる三部作です。

 「10人生めば1人殺すことができる」という法律が制定され、男性も閉経した女性も、人工子宮と人工授精技術で妊娠出産できるという世界を舞台に、人を産むためではなく人を殺すための出産をする子宮が描かれた『殺人出産』。

 セックスによる妊娠がほぼなくなり、人工授精が“常識”となった世界で、例外的にセックスによって生まれた主人公が、夫婦や家族という概念を排し、葉書がきたら年齢・性別を問わず人工受精し子供を産み、産まれた子供は個人によってではなく社会によって育てるという「実験都市・楽園(エデン)」に移り住み順応する『消滅世界』。

 コンビニのアルバイトとして、マニュアル通りに労働することによってしか自身の存在意義を感じられない主人公が、「恋愛」や「就職」という社会の“普通”と対峙する『コンビニ人間』。

 「コンビニ」には、毎日どこかの工場で製造された食品が届きます。店頭ではそれら加工食品を販売するほか、フランクフルトやからあげ棒などを調理し、それらを陳列し販売します。新陳代謝のように、日々どこかで製造された食品を取り込み排出する場所であるコンビニの特徴のひとつに、「調理加工された食品を販売する場所であり、料理を提供する場所ではない」というものがあります。調理と料理の違いを簡単に説明すると、「料理には物語があるが、調理にはない」ということになります。

 調理とは、食材を加工して食べやすくする過程です。料理は、調理の意味を含みますが、献立を考えたり提供する相手のことを慮ることが加味されたものであるため、必然的に、「料理」は「家族」や「恋人」といった人間の関係性の物語を孕むのです。コンビニに届く「すでに調理加工された食品」には、その物語がありません。

 人間の関係性の物語を孕む料理ではなく、どこかの工場から届いた調理加工された食品を陳列し、フランクフルトや唐揚げ棒を調理し、それらを販売するコンビニは、物語のない食べ物によってのみ成立する場所であり、主人公がそれらの食べ物を身体に取り入れることは、「家族」や「恋人」という物語からの逃走になり得るのではないでしょうか。そうであれば、「コンビニ」とは、人間の関係性の物語を持たない人間を飼育する人工の子宮のような場所と考えられます。

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」