誕生日やクリスマスは、少ないバイト代でジッポやネクタイ(主にコムサデモード)を買い、球場帰りや寮から一瞬出てくるとき、または階段トレーニング中に渡しました。今思えばトレーニング中に渡すなんてすごい迷惑ですが、そんなことは念頭にありません。
なかでも能力に長けた(と当時思っていた)Iの鉄板テクをご紹介しましょう。まず、球場から出て駐車場に向かう選手の横に、さりげなく並んで歩きます。そしてポカリとお茶を差し出し、「どっちがいい?」と一言。ポイントはタメ口なんだそう(敬語はファンだと思われるから)。選手が好きなほうを手に取り、「あついねー」なんて世間話をしてくれようものならチャンス! 「ミスチルの新譜、買った?」(事前に車中を覗き、ミスチルの新譜があるのを確認済み)と、野球に関係のない話題を振り、「買ったよ」となれば、「えー、貸してよー」とおねだり。その辺で、後ろから新たな刺客が近づいていますから、持ち時間終了。だけど成果はありました。ミスチルの新譜を貸してもらう約束が出来たんですから!(出来たのか?)
I「さっき、どうだった? 彼。緊張して全然顔見てなくて」
私「Iのこと好きでしょあの顔は。めっちゃニヤついてたよ。今日の夜あたり、電話かかってくるんじゃない!? てか、後ろにいたあのババア、Iに勝てると思ってるのかな。ださいワンピ着てさー」
I「有屋町はさ、もうちょっとがんばりなよ。あのやり方じゃ覚えてもらうだけで彼女にはなれないと思うよ」
私「そっかー。やっぱり、もっとお姉さんぽい格好して、Iみたいに会話しなくちゃだよね」
覚えたてのアイシャドウとルージュをひいた私たちは、お互い、励ましたり陥れようとしていたのではなく、本気でそう言っていたんです。
通いつめていると、横のつながりも出来てゆきます。なかでもよく話していたのが、いつもムームー(スーパー銭湯の館内着のような服)を着ていた年齢不詳のベテラン・K子さんです。K子さんはフェンス越しに、お気に入りの選手にいつも話しかけていました。
「ミノルー! 今日もあのパチンコ行くのお? 私もあとから行っていい?」
ミノルは「ああ……」と返事。するとK子さんはこちらに向き直り、「よく一緒に打ってるの」と誇らしげにします。すごいなあ、自然体だなあ、一緒にパチンコする仲なのかあ、すごいなあ、とた感心する素振りを見せる一方で、同時に腑に落ちないところもありました。
『K子さん、いつもムームーだしヒゲもすね毛もボーボーで、肌も浅黒いし、40歳以上だって噂だし、本当は一方的な妄想なんじゃないだろうか』
いやいや、そんなことを思ったらいけない、と葛藤している日々でそれは起こりました。ある日、K子さんが私たちに近づくと、嬉しそうに言いました。
「最近ミノル、冷たかったんだけど、やぁーっと電話くれたんだあ。ねえねえ、留守電聞いて?」
K子さんの携帯を耳に当てると、「えーっと、電話されても困るんで」と一言、K子さんの弾む声とはギャップのある選手の冷たい声が流れました。反応に困った私は、「すごいですね」と言うほかありませんでした。
ここで、ヤベェババアがいたもんだと一笑に付せません。なんたって、このままいったら私たちは同じ穴のムジナ。ヤバイヤバイ、どうにかしないと、早く二軍選手をモノにしないと……!! ですが時すでに遅し、K子現象はすぐそこまで迫っていたのです。