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なぜ多くの日本人は「精神病院は恐い」「薬漬けにされる」と思っているの?

【この記事のキーワード】

現代にも残る「明治時代の精神病院の負のイメージ」その②
精神科の薬にたいしたものはなかった

うつりん「『精神病院に行っても薬漬けにされるだけで病気は治らない』というイメージは、昔の薬事情にも由来していると思ううつ。精神病にもいろいろあるけど、いまは治る病気のほうが多いうつ。けど実は太平洋戦争の前まで、精神病には治療法はなくて、鎮静剤と催眠剤くらいしかお薬はなかったうつ」

夢子「じゃあどうやって治療したの?」

うつりん「鎮静剤など与えて、あとは隔離して主に見守る」

夢子「それだけ!?

うつりん「明治時代の精神科医で東京府立巣鴨病院にも勤務した斎藤茂吉は自分のことを自嘲して『狂人守(きょうじんもり)』とよんでいたくらうつ。いまだったら治る精神病でも、明治時代には治療する方法がなくて、茂吉先生もくじけるほどだったんだと思ううつ。けど、いまは治療法も時代とともにすごく進歩していて、毎年、新しい治療法ができてるから心配しなくていいうつよ」

現代にも残る「明治時代の精神病院の負のイメージ」その③
「巣鴨」は蔑視・差別の代名詞

うつりん「昔は精神科といえば、そこを受診する本人だけじゃなくその家族にとってもものすごい恥とされ、人から隠さなければならないとされていたうつ。東京府立巣鴨病院は現在の東京大学傘下の由緒正しい病院だったのに、『巣鴨』という言葉自体、狂人の代名詞で差別や蔑視をあらわす悪口だったらしいうつ」

夢子「あー、私もそれ東京生まれの友だちから聞いたことがある気がする……。ってことは、明治時代に定着した悪口が現代にまで残ってるってことかぁ!」

時代とともに改善される精神病院

うつりん「日本の精神医学界の泰斗(第一人者)であり、斎藤茂吉に『奔放精神病学の建立者』とよばれた呉秀三は、『我が国何十万の精神病者は実にこの病を受けたる不幸の他にこの国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし』という有名な言葉を残しているうつよ。この言葉からわかるように、呉は、日本の精神病患者が人間らしく生きられる環境を作ろうと、府立巣鴨病院でたくさん改革をしたうつ。問題ある看護人は解雇、新しく採用するときは学力も重視したうつ。手かせ・足かせを廃棄させ、隔離室の使用も制限したうつ」

【参考文献】
『脳病院をめぐる人びと 帝都・東京の精神病理を探索する』(近藤裕・彩流社)
『精神病院の社会史』(金川英雄/堀みゆき・青弓社)
『青年茂吉』(北杜夫・岩波書店)
『【現代語訳】呉秀三・樫田五郎 精神病者私宅監置の実況』(訳・解説=金川英雄・医学書院)
『精神病者と私宅監置 近代日本精神医療史の基礎的研究』(橋本明・六花出版)
『産む/産まないを悩むとき』(山本百合子/山本勝美・岩波書店)
『現代医療と医事法制』(大野真義/世界思想社)

(大和彩)

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