サークルクラッシャー作品の古典『サユリ1号』
現代的な悪女の一類型に、「サークルクラッシャー」がある。サークルクラッシャーとは、同一のコミュニティ内で複数の色恋沙汰を起こし、人間関係を崩壊させる女のことだ。一般的にはオタクサークルなど、男比率が高い閉鎖的な空間に出没することが多いとされる。
彼女たちの存在が認知され始めたのがいつ頃からなのかはわからないが、その存在は都市伝説的に語り継がれ、「オタサーの姫」や「ゲーセンクイーン」などという別名で呼ばれることもある。「男が集まるところに、サークルクラッシャーあり」といった感じだろうか。
サークルクラッシャーを描いた作品として、真っ先に思い浮かぶのが、2002年~2003年にかけて「スピリッツ」誌に連載された村上かつらの漫画『サユリ1号』(小学館)である。今回は「サークルクラッシャー列伝 その1」として、同作の大橋ユキを取り上げよう。
“俺でもいけそうな気がする”問題
主人公の上田直哉は、京都の大学で海洋冒険同好会の部長を務めている3年生。部長としてはちょっと頼りない部分もあるが、副部長を務める幼なじみ・児玉知子のサポートもあり、充実した学生生活を送っていた。そんな折、サークルの新歓コンパに2年生の大橋ユキが現れる。ユキはミスキャンに選ばれるほどの美人であり、なによりもナオヤが幼い頃からエッチな妄想の“おかず”にしていた、空想上の美少女・サユリと瓜二つだった。
そもそも2年生が、新歓に来る時点で怪しい。なにか目的があるに違いない。しかし、理想の美少女を前にした直哉はのぼせ上がってしまい、案の定ボロカスにされてしまう。そんな大橋ユキだが、海洋冒険同好会に現れる前は、なにをしていたのだろうか。彼女の正体を探ってみると、数々のサークルをクラッシュさせてきた過去が明らかになるのだった。
……といったところが、『サユリ1号』のあらすじだ。詳しくは、Kindle版が手に入るようなので、そちらをチェックしてみてほしい。作中では傍若無人なモンスターのごとく振舞う彼女だが、詳しく分析してみるとサークルクラッシャー特有のパターンが見えてくる。
まず外見だが、すでに述べたとおりミスキャンにも選ばれる美人であるものの、どこか垢抜けない感じが残っており、“いまどきポニーテール”や“素まゆげ”、“うすめ前髪”といったセンスは、同性からすると「ダサイ」ということになる。しかし一方で、男からすると「意外と地味でそそる」となるのがミソ。つまり、これはよく男の間で語られる「隙がある女はモテる問題」そのものなのだ。もとい、「俺でもいけそうな気がする問題」である。
男は美人が好きだ。しかし、美人すぎる女には気が引けてしまう。完璧に化粧を施した戦闘モードの美人は、極端な場合、男から“ビッチ”と認定されてしまうことさえあるのだ。女に免疫のない男には、特にその傾向がある。そんなバカな男は相手にしないに限るが、大橋ユキは男の愚かさを熟知している。彼女は“絶世の美女”と呼んでいいほどの容姿の持ち主であることに加え、「俺でもいけそうな気がする」と思わせるのが天才的に上手い。
また、彼女は男のツボもよく心得ている。以前所属していたウィンタースポーツ愛好会では、部長の“バイブル”である漫画『三国志』を全巻読破。男は自分のマニアックな趣味を理解してもらえたと思った瞬間、「こいつ、俺に惚れているな」と思い込んでしまう。「そんなバカな!」と思う女性読者は、ぜひ試してみてほしい。9割がた筆者の指摘は当たっている。そして、複数の男にそう思わせるのが、サークルクラッシャーの手口なのである。
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