ゴシップ

成宮寛貴の引退、セクシャリティの暴露と、日本の芸能界について

【この記事のキーワード】

 成宮にかかわらず、たとえば殺人を犯して逮捕された人間がいたとして、犯罪者だから人権を奪っていい、暴力をふるっていいなどという道理はない。人権は善人にのみ認められるものではなく、すべての人が持つものだ。その暴力性について、同誌は一切気が付いていないのか、それとも理解していながら敢えて攻撃ツールとして利用したのか。アウティングの暴力性は非常に強い。2015年8月、一橋大学の法科大学院生の男性が、同性愛者だと同級生に暴露されたことをきっかけに大学内の建物から転落死した事件から、マスメディアが何も学んでいないとは言わせない。

 この問題は、「フライデー」やA側だけでなく、我々のいる社会全体の問題だ。我々の社会が長く、非・異性愛者を笑いのタネにしてきたことは紛れもない事実だ。現在もなお、多様なセクシャリティを認めると言いながら、日本のテレビ業界にはパターン化された「ゲイ」「オネエ」キャラしかいない。マツコデラックスやIKKOのように、インパクトあるビジュアルと発言で笑いを取る存在としてのゲイだけが、ゆるキャラのようなポジションで居場所を持っているのみだ。俳優・女優という職種に限れば、様々なテレビドラマや映画など大手企業がスポンサーにつき大規模な金の動く作品に出演する場合、基本的にそのセクシャリティを隠さなければ活躍できない現状があるだろう。

 成宮の引退に話を戻そう。彼は役者として非常に多くのドラマ・映画作品に出演してきたが、故・蜷川幸雄の門下生でもある。デビューしたてで素人同然だった2001年に蜷川演出の『ハムレット』でフォーティンブラス役を演じ叱咤され、04年に主演した『お気に召すまま』でもしごかれた話は有名だ(07年再演)。その蜷川を、成宮や小栗旬、藤原竜也ら門下生といえる役者たちが語った追悼書籍『蜷川幸雄の稽古場から』(ポプラ社)に、蜷川から成宮への言葉も掲載されている。

『若いときに苦労してきた子だから、他の俳優にはないような、ある種のいかがわしい匂いをつけて出てきたんだよね。それを清算しようとして、ちょっとスクエアな俳優になろうとしているのかな。それがうまくいっている作品もあるんだけど、ほかにはいない、異色の俳優のままでいいじゃないってぼくは思うわけ。「成宮、軌道修正しなくていいよ」って。(中略)「たとえばアラン・ドロンみたいに、複雑な影のある役者になればいいじゃないか。あるいは歌舞伎の色悪のような。せっかくのその匂いを、成宮、消さなくてもいいんじゃないの」って、俺は思うわけ。それは成宮に対する最大の助言だね。この国の芸能界で長生きするには、必要なことなのかもしれないけど、「成宮、お前、せっかく持っているものなのにもったいないな」ってね』

 成宮がいつか、再び演技の世界に戻ってくることを望むファンは少なくないはずだ。その日を願うならば、私たちは「この国の芸能界」を変えていかなければならない。

1 2

ヒポポ照子

東京で働くお母さんのひとり。大きなカバを見るのが好きです。