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成宮寛貴、役者としての功績 菅田将暉、松坂桃李の道を開拓したがむしゃらな20代

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 活動10周年を記念して2010年にリリースされたメモリアル本『Hiroki Narimiya Anniversary Book10』(角川グループパブリッシング)で、成宮はデビューから5年の非常に多忙だった修業時期を「そもそも僕自身、もともと自分に自信がないし、すごくコンプレックスが強い人間」「何も持ってなかった不良少年が、ちょっとずつ自分の目指すものに向かって歩んでいった」と振り返っている。

 また、成宮がデビューから所属していた芸能事務所・トップコートには、当時ほかに男の俳優がおらず、「僕が初めての男性俳優だったから、雑誌へのパイプがめちゃめちゃ弱かったんです。ファッション誌にもバンバン出たいのに、誰もつなぐ人がいなくて」。ゆえに成宮は自ら行動を起こす。「ファッション系のパーティーにマネージャーを連れていって僕が雑誌関係者の方にマネージャーを紹介して、『とにかくいろんな雑誌に出してもらえるようにお願いしてください』って」と、積極的に売り込んだのだ。現在、同事務所には松坂桃李や菅田将暉、中村倫也ら俳優も所属しているが、彼らがファッション誌のカバーを当たり前のように飾るのは、成宮が「鎌を持って、草をかき分けて道を作っている感じでした」という日々あってこそなのかもしれない。

 同書に収録されているのは、20代後半になり精神的余裕が出来てきたという時期のインタビューだが、「昔は20代しか楽しいことがないと思って」「20代のうちにお金も仕事もちゃんとゲットして、自分のプライベートを充実させないとってすごく焦って」いたのが、30代が視野に入ってきて「意外と人生は長いなぁって気持ちに」なったという。それから6年、まだ34歳。少し休み、いずれまた次の道を切り拓くことが出来るのではないだろうか。

(清水美早紀)

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