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みうらじゅん原作・安斎肇監督映画『変態だ!』において、元ヅカ女優とAV女優それぞれの裸体が表現するもの

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 Sの薫子は「汚い顔こっちにむけんな」「おしりつきだせよ」と喜々として言葉責めし、ボンデージに装着したディルド(ペニバン)姿で主人公とのプレイを見せつけます。しかし、女優としてこの姿を人に見せてもいいものか真にためらわれるのは、過激な女王さま姿ではなく、雪山で主人公に引きずられながらピンヒールで歩く、みっともないへっぴり腰姿でしょう。雪の中でボンデージに着替える際のおなかがたるむ様子、寒さでのしかめっつらの不細工さも同様に。どれだけ責めさいなんでも、主人公が自分ひとりのものにならない慟哭の顔も、とても不細工でした。でもその不細工さゆえに、薫子の抱える哀しみが伝わってきます。

 女優としてのキレイな顔を見せるだけでなく、ノーメイク顔やブサイクな姿、それまでの自分が人間として蓄積したものを観客にさらせるかどうか。そのボーダーのひとつとして、「劇中で脱げるか」が女優にとっての覚悟となるのかも(または、覚悟とみなされるのかも)しれません。『変態だ!』は、自分の求める表現の仕方や役を模索して脱ぎつづけてきた月船が、表現欲求とともにやっとためられた経験を、最大限に活かせる作品だったといえるのでしょう。

AV女優が映画で脱ぐ意味

 では、裸で勝負するフィールドですでに高い評価を得ている白石が、改めて映画でヌードを披露する意味は何なのでしょうか。

 妻の登場場面は多くありませんが、ごく平凡な人間の中にこそ変態性が隠れていることを示唆するために重要な夫婦のベッドシーンで、白石の濡れ場経験値の高さは、前野のサポートに大いに役立ったことでしょう。すっぴんにみえる薄メイクのかわいらしさは、薫子のキツいメイク姿との対比もあり、作中の癒しでもあります。

 私生活でも母親である白石の、ちょっとユルめで豊満な体は強く母性を感じさせました。ユルさを無理に隠さないことと、体を披露し慣れていることによる身体性は、主人公夫婦の幸せな一面に、演技力を超える説得力で訴えかけてきます。

 平凡な幸せと、その中にある狂気と。どんな人の中にも存在するからこその、表現することのむずかしさ。そこに文字通り体当たりで望む女優たちの挑戦に心からの拍手を贈るとともに、人間のみっともなさをえぐりだす作品との新たな出会いを、観客としても大切に受けとめたいものです。

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フィナンシェ西沢

新聞記者、雑誌編集者を経て、現在はお気楽な腰掛け派遣OL兼フリーライター。映画と舞台のパンフレット収集が唯一の趣味。

@westzawa1121