夫婦の温度差
2013年12月。広告代理店の制作部署にいる幹生と、ヴァイオリン奏者の真紀は仕事を通じて出会いました。タクシーに同乗した2人。
幹生「その時、もう一目惚れに近い感じ、あったっていうか」
真紀「その時は仕事先の人、としか考えていなくて」
幹生が誘ったのでしょう、一緒に食事をする2人。クラシックに全然詳しくない幹生は「普段どういう曲演奏されるんですか?」と聞きます。
真紀「何度か食事するうちに、今度いつ電話あるかなーって考えるようになって。で、気づいたんです。ああ、私あの人のこと好きかもしれないなって」
幹生「彼女は知り合ったことがないタイプで。品があって、音楽やってて、ちょっと、何考えてるかわかんない、そういうミステリアス、なところがやっぱり魅力で」
真紀「彼と一緒にいると飾らないでいいような気がして」
幹生「彼女と一緒にいると、なんかドキドキして」
恋が走り出した時の鼓動の速さが画面を通じて伝わってくるような、絶妙に引き算のうまい演出に引き込まれます。まさか「間違い無くベッドインへ続くだろう、松たか子とクドカンの熱烈なキスシーン」が描かれるとも思いませんでしたし。こうして二人は交際をはじめ、半年足らずでスピード結婚。結婚して彼女が「巻真紀(まき・まき)」という珍奇な名前になることも幹生的には面白くて、運命的なことだと感じたのかもしれません。
2014年8月。結婚し、新居に引っ越してきたばかりの2人。
真紀「結婚して彼と家族になりたかった」
幹生「結婚しても恋人同士のようでいたかった」
「ヴァイオリン続けなよ」「真紀ちゃんの好きにしたほうがいいよ。真紀ちゃんは真紀ちゃんらしく」と言う幹生と、「帰ってきて誰もいないと淋しいでしょ」「(好きにしたほうがいいなら)じゃあ、家にいる」と答える真紀。
2014年10月。真紀、鶏の唐揚げを作り、何も聞かずに唐揚げにレモンをかけます。幹生は内心ドン引きしているけれど表情に出さず、「地球一うまいでしょ」と頬張ります。第一話で真紀によって語られたシーンですね。幹生は「こんなことで険悪になりたくない」とか、「妻がせっかく作ってくれたのに文句を言いたくない」とか、「妻の喜ぶ顔が見たい」とか複雑な気持ちで、本音を隠して「地球一うまい」と食べてみせたのでしょう。
2014年12月。幹生は制作を離れ、本社の人事部に異動することが決まり意気消沈。夫を抱きしめ「会社辞めたら? 現場好きじゃない」と真紀は(よかれと思って)言いますが、幹生はフリーでやっていく気はありませんでした。それでも、まだ、夫婦関係は円満でした。
幹生「これからは早く帰れるし」
真紀「一緒に映画観たり温泉行ったりしようねって」
幹生「病院で診てもらったら、子供は、まあ、難しいらしくて」
真紀「ちょっと残念だったけど」
幹生「いつまでも恋人同士でいたいって思っていたし」
真紀「2人でも家族は家族だからって」
ある晩、幹生は自分の“人生ベストワン”の映画をレンタルして帰りました。真紀は嬉しそうに「えー泣いちゃうかなぁ」と反応しましたが、いざ上映してみるとその映画を面白がることも感動することもなくうたた寝。夫婦で映画の趣味は違いました。また別の日には、幹生が散歩がてら新しくできたカフェに行こうと誘いますが、テレビを見ながら洗濯物を畳む真紀は「今日すごい寒いよ」と断り、家にあるインスタントコーヒーを煎れようとします。幹生の中に少しずつ重なる違和感、残念な気持ち。このときはまだ、真紀はそれに気付いていなかったのだと思います。
真紀「一緒にいるうちに無理しないでいられる関係になって。嘘のない、隠し事のない素直な自分でいられて」
幹生「一緒にいてわかってきたのは、当たり前だけど、ああ、彼女も普通の人だったんだなって」
真紀「私、家族を手に入れたんだって思えたの」
幹生「恋をしている頃は特別な人だって思えたけど、最初の頃のどっか秘密めいた感じの彼女はもうどこにもいなくて」
2015年4月。幹生、再び「何でヴァイオリン弾かないの?」「家のことはいいからさ、自分の好きなことやりなよ」と真紀に問いかけます。真紀はハンバーグのタネをこねながら「今のこれが私のやりたいことだよ」と答えます。部屋で流されているBGMは荘厳なクラシックではなくて、GReeeeN。真紀の「私今すごく幸せだよ」という言葉は、そのときの本音だったのでしょう。
幹生「そんな風に言う彼女を、どっか退屈に感じて」
真紀「嬉しかった。この人を支えようって思って」
真紀のする話はマンションの配管やご近所の人間関係、テレビで得た情報、家事の話。幹生はつまらないけれど、「こんなんじゃだめだ。この子は俺の妻だし。恋に落ちて結婚したんだから頑張らなきゃって」と、溜まっていく退屈な感情をなんとかやり過ごそうとします。
真紀「いつも明るくしてようって思って、テレビで見た面白い話をしたり」
幹生「彼女が生活している場所が狭いから、話題はたいていテレビの話で。でも、俺が聞いてあげなきゃって」