インタビュー

女性器整形後進国だった日本で、名器づくりに心血を注いだ男/本田昌毅医師インタビュー

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名器のルーツ

 Gスポットの逆側にヒアルロン酸を打ったほうがいいのでは? 挟むように打ってみてはどうか? ――あるとき、悩む本田氏の姿を見ていた恋人が、頼もしくこう言った。

「ぜひ、私に試し打ちして。一緒に頑張りましょう!」

 強力な相棒を得た本田氏は、夜ごと、打っては挿れ、打っては挿れた。それまで施術していた患者女性のフィードバックも集めた。一体どうすれば、女性も男性も満足する女性器が出来上がるのか。

「そうか、“名器”か」

 ある日、そう思いついた瞬間、本田氏の視野が開けた。

 名器――。“数の子天井”や“ミミズ千匹”など、どこからともなく語り継がれ、男性ならば誰もが知っているその存在。だが、実際のところ正確に知っている男性は少ないだろう。本田氏が国会図書館で名器について調べると、その歴史は古く、江戸時代の吉原遊廓にまで遡った。

「吉原には、全国から集ってきた遊女が何万人といた。客の男性は彼女たちとの一夜の夢を目当てに、車や飛行機もない時代に徒歩や馬で、汗水たらしてやってくる。遊郭はそういう場所でした」

 命がけでやってきた吉原で、失敗なぞしたくない。何万人といる遊女のなかで、もちろん地雷だけは踏みたくないし、できるだけいい遊女にありつきたいと客が思うのは当たり前だ。そんな男たちの強い味方だったのが、遊女のガイドブックだった。

「今で言う風俗雑誌のような、各店のガイドのような書物を作っている人がいたんです。そこには、『◯◯さんは容姿良し。性器は下付き。具合は△△』など詳細があり、ランク付けがされていました。『甲』『乙』『丙』『丁』とあり、なかでも『特甲』は今で言うS級ですね。めちゃくちゃ気持ちいい女性を表しているんです。そんな『特甲』女性の女性器の図説もあり、イラストに添えてあったのが『ミミズ千匹』や『数の子天井』などでした」

 そうした名器の持ち主は、吉原では特に貴重な存在で、VIP専門の最上級遊女、“太夫”と呼ばれるようになった。「太夫になると、三代下まで食べていける」との逸話も残されているという。

「そのイラストをモデルに、僕は恋人にヒアルロン酸を打ち、まずは、入り口を狭くする『巾着』名器を作ってみたのです」

 そして、いざ挿入。

「おっ……!?」

 ただ入り口が狭いだけではなかった。挿れた途端、男性器が吸い込まれていく感覚に陥り、本田氏は思わず上ずった声を出してしまったという。「それは、想像を超えていた」と、本田氏は言う。

「なんだこれは、めちゃくちゃ気持ちいいじゃないか。これが“離れられない”“忘れられない”というものか。名器は、奥が深いな」

 本田氏の研究は勢いを増し、次々と名器を作っていった。そしてこれを「Mショット」と名付け、正式に施術に加えた。本田氏が作ったオリジナル名器、「イクラ畳み」も入れた。

 これにより、本来、何万人にひとり偶然に誕生するだけだった名器が、ごく身近になった。しかも、「ミミズ千匹」と「巾着」というように組み合わせることもできる。組み合わせたらそれが単純に、“1+1=2”にはならず、“1+1=∞”の快感を生んだ。

「施術は名器だけじゃなく、名器の前段階の形もあるんですけど、私ができる6つの名器すべてを組み合わせた患者さんはいままでで50人くらいはいますね」

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有屋町はる

AVメーカー広報、実話誌編集を経てフリーライターに。現在は週刊誌にて、中年男性目線の芸能記事やピンク記事を中心に執筆中。U15アイドル周辺が好き。