“シングルマザーに育てられたシングルマザー”の母を持つ女の子
『凹凸』は、孝子と辰夫の間に生まれた絹子、そして絹子と正幸の間に生まれた栞という三世代に渡る家族の〈性と愛の物語〉を、登場人物が「わたし」や「僕」という主観で語っていく物語。
スクラップ屋を営む辰夫は気性が激しく(孝子は辰夫の言いなりで、自身の身なりばかり気にかけ、子供の苦労など我関せず)、娘の絹子は辰夫の顔色を伺いながら生活していた(1章「わたしの娘」)。辰夫が競馬で勝ってご機嫌な日には、銀座のステーキ店で注文された有り余るほどの肉を無理やり胃に詰め込み、家族で出かけた駄菓子屋の店主の態度が悪いと機嫌を損ねた日には、辰夫が腹いせに万引きをしていてもじっと黙って見て見ぬふりをした。絹子の「その場をいかにやり過ごすか」という細かい心理描写が胸を締め付ける。絹子が小学校高学年の頃に、辰夫は(すさまじく強烈な方法で)自殺するのだが。
絹子は高校を卒業してデザイナーの正幸と結婚し、13年後に栞が生まれた。建設会社で働きながら帰宅後も内職に勤しむ絹子に対し、一切働かない正幸。そのくせ、巨額の携帯通話代を叩き出すほど不倫にのめり込んだり、正幸の親の葬儀当日には、絹子の見ている前で幼い栞を抱きしめ、そしてなんと……(4章「わたしと娘」)。絹子とは長年セックスレスなのに、正幸が栞に注ぐ愛情は明らかに狂っている。栞が中学二年生になると、痺れを切らした絹子は、寝ている正幸の顔に油を大量に垂らし、携帯をへし折り、家から追い出した。
それから10年が経ち、24歳になった栞はゲームセンターでアルバイトしながら、映像関係の仕事をする16歳年上の智嗣と付き合い同棲していた(4章「あなたとわたし」)。お互いの浮気に気づきつつも何となく関係を続けているのだが、栞は「私は母親になれるのだろうか」という不安を抱え、何度も何度も中絶を繰り返していた。
これらの他にも、孝子が辰夫の遺産で豪遊して借金を背負ったり、正幸の再婚相手・幸子が絹子のもとへ乗り込んできたり、絹子が正幸の友達に襲われたり。とにかく、総じて出来事が暗い。なんて厄介者集団なんだ、と憤りすら覚えるのだが、次々と明かされていく事実や個々の心情に触れると、すべては誰もが抱きうる感情から起きていることに気付く。人間誰しも心の奥底に持ち合わせている“じとっとした生臭い感情”が取り繕わずに語られているのだ。