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本当の意味での「助ける」とは…その場しのぎになっていませんか? 

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『プレシャス』Amuse Soft Entertainment

『プレシャス』Amuse Soft Entertainment

 前回このコラムで取り上げさせていただいた『終わらない青』という映画は、家庭で性的虐待を受けている女子高生、「楓」さんが主人公でした。

 同じく、性的虐待をテーマとする漫画作品『ひばりの朝』には、性的虐待を受けている「ひばり」さんがこんなことを言うシーンがあります。

「『助ける』ってさ……どうやんのかな。どうなったら、あたしって助かってるのかな。」『ひばりの朝』ヤマシタトモコ(祥伝社・2013年)

 そうなんですよね。虐待された子は、虐待されない環境へ脱出できたとしても、睡眠中は悪夢にうなされ、日中は記憶のフラッシュバックと戦わねばなりません。ただの嫌な記憶なら、気にしなければいいだけですが、ここで言う悪夢やフラッシュバックは、PTSDの症状です。これらの症状は、時には救急車を呼ばなくてはならない程の強い身体的症状を引き起こします。

 例えば、虐待された人が、極端な話、自分を虐待した親を殺して逃げたとしても、悪夢やフラッシュバックからは逃れられないのです。治療しない限り、これらの症状は下手すれば永遠に続く可能性もある。楓さんの「青」はいつまでも終わらず、ひばりさんにも永遠に「朝」が来ない可能性があるのです。

 だから、楓さんやひばりさんのように虐待を受けて心に傷を負った人たちが、そこから立ち直るには、どのような方法があるのか知りたいと私は常々思っています。

映画『プレシャス』

 虐待を受けている渦中の人が、時間をかけて「助かる」過程を描いた映画が、『プレシャス』(2009年)です。

 プレシャス(ガボレイ・シディベ)は、ニューヨークのハーレムに暮らす16歳です。プレシャスは肥満体ではあるものの、鮮やかな色のネックレスやカチューシャでおしゃれに工夫をこらす16歳。彼女は生活保護家庭に暮らし、母親からは暴言と暴力、そして、ときどき現れる父親からは性的虐待を受けています。プレシャスは16歳で未だ中学生(※筆者注:アメリカの学校制度では、小・中学校でも、成績によっては上の学年に進級できないことがあります)。1人、子供を産んでいて、2人目の子供を妊娠中。プレシャスの妊娠は、2回とも、プレシャスの父親の性的虐待によって、引き起こされました。

 凄惨を極めた生活環境でもなお、おしゃれ心を忘れないのと同様に、どんな状況に対しても、プレシャスが前向きに立ち向かっていく姿に心を打たれる映画です。映画が進むにつれて、失礼ながら客観的には美人とは言い難いプレシャスさんが、どんどんかわいく見えてくる、という不思議な映画でもあります。

映画オープニング

 プレシャスは、中学生ではあるものの、ほとんど読み書きができません(※筆者注:アメリカの公立学校には、そういう子、本当に沢山いるのを私は実際に見ています)。

 映画『プレシャス』では、オープニングのタイトルバックの文字がミススペルだらけで、読み書きできない人が書いた風になっています。それが、ラストのタイトルバックではちゃんとスペルできている。プレシャスの成長とリンクしていて、泣けます。

 この映画には、読み書きの習得や教育こそが、自らを「助ける」方法である、というメッセージが込められているのです。

プレシャスがフリースクールで学んだこと

 妊娠しているせいで学校を退学になったプレシャスは、「学校なんか行っても何もならないよ、このクソ女! バカヤロウ!」などと罵る母親を振り切って、フリースクールに通います。

 フリースクール入学当初、書ける言葉は自分の名前のみだったプレシャス。本のタイトルすら読めず、読もうと頑張ると母親の暴言・暴力、そして父親からのレイプなどがフラッシュバックして気絶しそうになり、担任のレイン先生(ポーラ・パットン)に救急車を呼ばれそうになります。

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大和彩

米国の大学と美大を卒業後、日本で会社員に。しかし会社の倒産やリストラなどで次々職を失い貧困に陥いる。その状況をリアルタイムで発信したブログがきっかけとなり2013年6月より「messy」にて執筆活動を始める。著書『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』。現在はうつ、子宮内膜症、腫瘍、腰痛など闘病中。好きな食べ物は、熱いお茶。

『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』