ゴシップ

有働アナ「48歳だから結婚は諦めざるを得ない」―女の幸福度を外野が決めることについて

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 視聴者から送られたお守りのご利益について訊かれた有働アナは「残念ながらご利益がないので、いまに至ります(笑)」と話し、さらにA氏との仲について問われると「たまたま出入していたのを撮られただけで。その後の進展は全然ないんですよ」と答えている。「お付き合いは終わられた?」との問いには「ご利益はなしです」ときっぱり答えたことから、記事ではA氏との交際が終わりを告げたのだろうと推測している。だが、ケージに目をやり「もう、そんな大きな夢は持ってないんですよ。この子(愛犬)とふたりで幸せに暮らしていければ」と語る有働アナの様子の様子を<どこか寂しげ>であると決めつけているのは、まったく腑に落ちない。いや、この記事全体を通して流れる「有働アナは48歳だから結婚はもう諦めた」という断定的な調子が筆者にはどうも気にくわないのである。

 結婚は必ずしも出産とイコールではない、と筆者は思う。よって、何歳で結婚しようが、それは人の自由であるはずなのだ。女性が妊娠・出産の難しい年齢になったからといって結婚をすっかり諦めなければならないと、いったい誰が決めたというのか。もちろん20代で結婚、出産するという道を大多数の人々が歩む時代があって、その価値観は今も多くの人々の間で固定概念化されていることはわかっている。それでも、この世界で生きる人がみんな同じような生き方を選択する必要などまったくないということに、すでに我々は気付いているはずだ。48歳で独身を貫いていても、結婚を夢見て婚活していても、結婚せずにパートナーと生きる選択をしていても。どんな生き方をチョイスしようが、外野がそれを見て溜息をつくべきではない。金も地位も人望も美貌も持っていても、<結婚>していない女は不完全でどこか寂しげな存在なのだ、と吹聴することは、ステレオタイプな偏見の強化でしかないだろう。

 記事内には「(有働アナは)親友の石田ゆり子(47)さんとも『結婚相手じゃなく、心のパートナーが欲しいよね』」と話しているそうです」という有働アナの知人のコメントも掲載されている。心のパートナー……うん、有働アナと石田ゆり子氏と同世代で現在独身の筆者はこれにはとっても共感できる。だが声を大にして言っておきたいのは、心のパートナーを求めるのは決して40代後半になって結婚を諦めちゃったから……なんてネガティブな理由からではない。ひとりで働いて食べていける毎日。いまさら人とべったり一緒って……それがいくら愛する人だといっても耐えられるかどうかわからないし、耐える必要があるのかもわからない。お互いがいい大人であるなら、身体的にも精神的にも程よい距離感を保ちながらも互いの心の奥底は見せ合ってつきあっていけるのがベストではないだろうか……少なくとも筆者はそんな思いで<心のパートナー>を求めている。

 女性週刊誌は<結婚>や<出産>によって女を分断していく。そんな属性で区別されて幸福度をジャッジされてはたまらない。有働アナの幸福は彼女自身が決めるものだ。と、イノッチも言うであろう。

(エリザベス松本)

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