
『汚れたミルク』全国順次公開中
育児ネタの定番になりつつある、「粉ミルクVS母乳」論争。その中で昨今問題となっているのは、〈IQが高くなる〉だの〈心が豊かになる〉だの根拠のない母乳効果を強調し、粉ミルクで育児をしている母親たちの心を追い詰める〈母乳神話〉です。
母乳神話が広まる背景にあるのは、〈母乳育児のほうが格上〉と思いたいマウンティングの心理や自然志向など様々ですが、ミルクの質云々よりも政治的な問題を引き合いに出す〈陰謀論〉あたりは男性もお好きなジャンルでしょう。本来必要がない人にまで、利益追求のため粉ミルクを売りつけているという発想です。
過去には確かに、粉ミルクの利用に適さない不衛生な環境で使い乳児が感染症で死亡するなどの事件が起こりましたが、問題はあくまで〈販売サイドの利用法の指導不足〉や利用に適さない不衛生な環境での販売などにあり、粉ミルクそのものではありません。
ところが粉ミルクメーカーの社会的責任の問題と間違った調乳で乳児が死亡したというショッキングな出来事を、母乳信仰や自然志向がベースにある人たちが受け取ると〈細かいことはさておき、とにかく粉ミルクは何だか危険〉という空気の一丁上がりです。これは粉ミルクヘイトにおいて、もはやクラシカルとも言えるレベルのど定番なやり口なのですが、それにまんまと利用されそうな映画が公開されています。
2014年に制作され、現在日本で〈世界初公開〉 という『汚れたミルク あるセールスマンの告発』は、粉ミルク界隈では有名すぎる〈ネスレ・ボイコット〉の問題が、現在も続いていることを世間に知らしめようという作品です。
粉ミルクメーカーを告発する男
ネスレ・ボイコットとは、1977年に米国で始まったネスレ製の粉ミルク不買運動のこと。1960年代に先進国で出生率が低下したのを受け、乳業メーカーが発展途上国へ市場を拡大したことが事の発端。さまざまな工夫で粉ミルクを売りまくったものの、利用法の指導不足から不衛生な水で調乳したり、薄めて使って子どもが栄養失調になるなどの問題が多発したのです。このことは国際的にも問題となり、そこから粉ミルクの販売流通をするにあたっての国際基準(WHOコード)が作られています(ちなみに日本は現在も不参加)。
Wikipediaによると第1次ネスレ・ボイコットは1977年。その後ネスレは1984年にWHOコードの受け入れを表明したにもかかわらず、それが守られていないという指摘で1988年にふたたび再燃したという流れのようです。
映画では〈ネスレ〉の名前は冒頭で一度登場するのみで、基本的には仮名で物語が進みます。主人公はネスレの元社員。会社を告発したことで、〈追われる身〉となったアヤン氏の体験を映画にしようというプロジェクトが持ち上がるというストーリーです。物語冒頭で、誰もが憧れる〈多国籍企業〉に転職を決めるアヤン氏。家族を養うために必死に粉ミルクを売って売って売りまくった結果、多くの乳児が死亡するという結果を招いてしまい、罪の意識と正義感から退職し、企業を告発。ところが家族にも協力者にも企業や権力者の圧力による火の粉が降りかかり……という展開です。