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沢尻エリカ演じるベタベタ清純派の良妻賢母が宿した小さなリアリティ/『母になる』第一話レビュー

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24時間ずっと「母の気持ち」ではいられない

 時は流れ、2008年春。結衣と陽一との間に生まれた長男の広は3歳に成長。平凡ながらも幸せな家族の風景がそこにあります。陽一の母・里恵は、陽一の下に生まれるはずだった第2子を流産した過去があり、そのことをずっと悔やんでいたため、孫が生まれたことが嬉しくてたまりません。広と同い年の娘・繭を育てる莉沙子は仕事復帰したものの、夫が家事を全然やらないことに不満を募らせているのに対して、陽一は“カジメン・イクメン”ふう。結衣が北海道で開かれる同窓会に行きたがっていると知り快く送り出すなど、良い夫として振る舞っています。

 結衣が北海道から戻った日の夜、広は寝る間際、こんなことを言いました。

広「あのねママ知ってる? その人のことを思うとね、心がギューっとなって、キューンとなって泣きそうになるの。なんていうか知ってる? そういう気持ち、なんていうか知ってる?」

 結衣が何だろう、と返すと

広「僕、知ってるよ いとしいっていうんだよ」
結衣「いとしい?」
広「ママ同窓会に行ったでしょ? 僕、ママに合えなくて心がギューっとなって、キューンとなって泣きそうになったよ いとしいだよ 僕、ママのこといとしいだよ」

 ほんの一瞬表情を曇らせたものの、結衣は「ママもだよ」と言い、広は安心した表情を浮かべて眠ります。広が寝た後のリビングでは、結衣と陽一が、近々広が幼稚園のお遊戯会でやる予定の「チュータの大冒険」の振り付けを真似して競い合います。エリカ様と藤木直人が「チュッチュッチュチュッチュチューチュチュ―♪」(笑)。けれど翌日、事件は起こってしまうのでした。

 幼稚園のお迎え時間に莉沙子が仕事で遅れるため、結衣は広と繭の面倒を見ます。タクシーで駆け付けた莉沙子にプリントなどを手渡すほんのわずかな時間、結衣は広から目を離してしまいました。その隙に広は何者かに連れ去られてしまったのです。比較的すぐに判明した誘拐犯は、陽一が大学で教えている学生で、彼は陽一に電話して自分が広を連れ去った、手に入れたものには興味がないと言い残し、広の所在や生存については語らずに自殺。やがてパーカーとスニーカーが河川敷から発見されましたが、広の行方はわからないまま。教え子に子どもを誘拐されるというスキャンダルにマスコミは食いつき、陽一も相当参っている感じですが、それ以上に参っている結衣は、陽一にあることを打ち明けます。

 それは、同窓会が楽しくて、その時つい、広を産まなくてもよかったかも、と思ってしまった……というものでした。昔の友達に会い、久しぶりにお酒を飲み、帰りには広が生まれてから食べたことのなかった熱々のラーメンを食べ、嬉しくてたまらなかった。友達はまだ独身で、明日とか次の休日には何して遊ぼうかを話している。以前、莉沙子が言っていた「もう戻れない」とは、こういうことか、とわかってしまった。子どものいない時間が楽しくてたまらなくて、帰りたくないかも、子どものいない人生もいいかも、産むのが早すぎたかも、いなくても産まなくてもよかったかも。私がそんなことを思ったからこんなことになったのではないか。結衣は後悔でいっぱいになって、広への思いを募らせます。

 いやはや、顔中涙でぐちゃぐちゃにしながら夫に懺悔する結衣の姿には、胸が詰まってしまいました。また、結衣の「広が生まれてから熱々のラーメン食べたことがなかった」という台詞には身につまされるものがあり、非常にリアリティを感じました。小さい子どもがいると、熱々のラーメンを食べるのは難しいです。家で作って食べても外食しても、子どもの世話を焼いているうちに、麺は伸びるしスープは冷めてしまう。小さな子どもと一緒では、気兼ねなく食事を楽しむってことがなかなかできないものです。

 結衣は21歳前後で出産したようですが、成人しているとはいえ20代前半は自分の価値観や考えが大きく揺らいだりする時期です。今までキラキラしてみえたものが、ちっぽけでつまらないものに見えるようになることだってあるでしょう。結婚して出産して優しい夫と子どもがいて幸せだったとしても「あの時こうだったら」とタラレバすることだってあるでしょう。それはとても自然なことだと思います。両親を亡くしていることもあり、家族ができたことを心から喜び家事と育児に尽くす家庭的な女性の結衣は、良き女性で良き妻で良き母親のイメージを具現化しているように見えました。しかし彼女だって四六時中「揺るぎない母親」としてのみ生きられるわけじゃないし、あれこれ思惑するのです。その胸のうちを描いたのは、「母子モノ」ドラマとして画期的なことのように思えます。

 陽一は「結衣のせいじゃない」と結衣を庇い、2人はビラを配るなどして必死に広の行方を捜します。広の消息がつかめず心が壊れて暴走してしまったのは、むしろ陽一の母・里恵で、広と同じ年頃の男の子に近づき警察沙汰になります。里恵の今後の動向も気になるところです。

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中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

バナナ&ストロベリー