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【子宮内膜症篇 最終回!】治ることのない疾患、私はこう付き合いました。

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 そうそう、忘れちゃいけないのは痛み止めよね。

 いたずらな風や寒い廊下で体が冷えて痛みを感じたらすぐにでも飲めるように、夢子はいつも痛み止めを持ち歩いていたわ。そう、痛み止めは脳から痛み成分がたくさん出てしまわないうちに、迅速に飲むのがコツなのよ。我慢して飲まないでいるのは逆効果なの。

 OLさんがトイレに持っていくポーチって、きれいになるための化粧品が入っているメルヘンワンダーランドなものでしょ。

 そこへいくと、夢子がトイレに携帯するポーチはさしずめメンヘラワンダーランドとでもいうべき代物で、中には痛み止め・痛み止めと一緒にのむ胃薬・ダメ押しの精神安定剤などしか入ってないのよねぇ。嘆かわしいわ。女性社員の少ない職場とはいえ同僚に見られないように、夢子はポーチの開閉にはとても気をつかっていたわね。

*   *   *

 なんとか子宮内膜症と折り合いをつけて生きていくため、定期的に通院して検査をするのに加えて、生活の工夫をつづけるうち、いつしか10年ほどの月日が経過していたの。

 この調子なら閉経まで逃げ切れるかな、と油断していたある日、夢子は突然の不正出血に襲われたの。不正出血の原因については、語ると長いからここでは省略するわ。出血は約3カ月間、毎日続いたから、夢子は生理ナプキンを常用する10年前の生活に逆戻りしちゃった、ってわけ。

 痛みでほぼ寝たきりのその期間、仕事、趣味、交友関係など自分が積み上げてきた生活のすべてが崩壊するのを布団に横たわりながら虚しく眺めているしかなかった夢子は悟ったの。

「『ピルで症状を抑えて経過観察』する時期はもう終わった。『夢子の子宮内膜症治療』というタイトルの本は、次の章にページを進める必要があるのだ」

 だけど、それはまた別のオハナシ。またいつか姉妹のみなさんにお話しするわね、機会があ・れ・ば☆

 ここまで夢子の子宮内膜症の話につきあってくれてありがとう。ではまたお会いする日まで、ごきげんよう。

backno.

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大和彩

米国の大学と美大を卒業後、日本で会社員に。しかし会社の倒産やリストラなどで次々職を失い貧困に陥いる。その状況をリアルタイムで発信したブログがきっかけとなり2013年6月より「messy」にて執筆活動を始める。著書『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』。現在はうつ、子宮内膜症、腫瘍、腰痛など闘病中。好きな食べ物は、熱いお茶。

『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』