劇場へ足を運んだ観客と出演者だけが共有することができる、その場限りのエンターテインメント、舞台。まったく同じものは二度とはないからこそ、時に舞台では、ドラマや映画などの映像では踏み込めない大胆できわどい表現が可能です。
舞台作品の定番ジャンルのひとつに、「ギリシャ悲劇」があります。美しいけれど大仰なセリフ、情熱的だけれど極端すぎて共感できない行動、神々から与えられるドラマチックだけど理不尽すぎる設定……そんな捉え方ができなくもないですが、俳優にとっては大いなる挑戦と成長の糧であり、また、物語からは現代社会へ確かに続いている普遍性が読み取れます。
4月に上演された「エレクトラ」は、父である夫を殺した母への復讐を誓う娘の、壮絶な愛憎劇。タイトルロールの娘、エレクトラ役に、母親を支える健気な長女を描いたNHK朝の連続テレビ小説『ととねえちゃん』主演の記憶が新しい高畑充希が挑み、娘の憎しみを一身に受ける母クリュタイメストラを、演劇界の重鎮、白石加代子が演じています。
若き高畑充希の持ち味
娘が父を慕い、母親を厭う「エレクトラコンプレックス」の語源にもなっている「エレクトラ」は、弟の「オレステス」の物語とともにギリシャ悲劇で人気のある演目です。
ギリシャ神話の女神たちが誰が一番美しいかを競ったことに端を発するといわれるトロイア戦争を終結させるため、アルゴスを治める王のアガメムノンは長女イピゲネイアを神へのいけにえにしましたが、だまされて娘を殺された王妃クリュタイメストラは、怒りのあまり情夫アイギストスとともに夫を斧で惨殺。次女のエレクトラは、父の敵を討つと予言されたオレステスを他国へ逃し、父を裏切った母への憎しみを胸に、ひどい暮らしを強いられていました。
クリュタイメストラとエレクトラは、顔を合わせるたびにお互いをひどい言葉でののしりあいます。ギリシャ悲劇舞台の演出の特徴に、“コロス”と呼ばれる心情や状況を解説する複数人のアンサンブルの存在がありますが、今回は珍しくコロスは不在で、役の心理はすべてキャストのセリフで表現。そこで目立つのが、実年齢が若い高畑が演じるからこその、エレクトラの潔癖さと意固地さです。
娘と自分を重ねる母親
母親のことは、ほかの男と通じて夫を殺したという面しかみえておらず、4人の子どもをもうけ夫に尽くしてきたのにどれだけ懇願しても長女を殺されたのだと母自身から説かれてもはねつけるばかり。ヒステリックに叫ぶ姿は、思わず「もう少しオトナになって肩の力を抜いたら」と声をかけてあげたくなりますが、そんなときでもセリフがクリアでとても聞き取りやすいところに、高い歌唱力も評価されている高畑の、舞台俳優として恵まれた資質がうかがえます。
白石にとっては4度目の配役になるクリュタイメストラは悪女として描かれることも多いのですが、共感できる部分は、エレクトラよりも実は大きいかもしれません。イピゲネイアのことは夫を殺すくらい愛したのに、同じ自分の血を分けた子どものエレクトラには冷たくあたるのは、自身も母親から、絶世の美女である妹との差別を受けて父親っ子として育った過去があるから。
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