この2連続ストーカー案件を経て、夢子は決めた。
「交際は怖い。殺されてもいいと思えるほど好きになった人以外とは、おつき合いしない。」
そして10年のときが過ぎ、殺されてもいいと思うほど好きな人と、夢子はめぐり合うことはなかった。つき合っている男性以外と性交する発想もなかったので、結果として夢子はセックスレスになったわけだ。
親になりたくないから、妊娠が怖い
セックスがない日常は、むしろ夢子には合っていた。先ほど語った父親に代表される「親」に夢子はよいイメージを描けなかった。夢子は子どもを持ちたくない。自分自身が「親」になるなんてアダルトチャイルドの自分には無理だとわかっている。妊娠するかもしれない行為はなるべくしたくなかった。
ちなみにこの10年、夢子は子宮内膜症の治療薬として低用量ホルモン剤(一般的に「ピル」とよばれる経口避妊薬)を服用していたため、妊娠する可能性は極めて低かった。なんでもピルによる避妊失敗率は0.3%だとか。だがそんな理論上の数字に、夢子の男性嫌悪と家庭嫌悪を覆す威力はなかった。
「たとえ0.3%のピルを使おうとコンドームと使おうと、私にかぎっては避妊失敗くじを引いてしまうかもしれない!」
非論理的かつネガティブな感情に支配されていたのだった。
子宮内膜症による痛みが怖い
たとえそこまでセックスに後ろ向きでなかったとしても、夢子はこの10年子宮内膜症の症状が人生で最も重かったので、性交渉はむずかしかったと思われる。妊娠したくない夢子はともかく、女性が生物的・社会的に最も妊娠しやすい20代から30代に子宮内膜症“最悪”期が重なるのは、多くの女性に不幸をもたらすと思われる。
夢子の場合、婦人科の検査で膣にエコーを挿入するだけでも耐えられない痛みがあった。膣に何かを入れるまでもなく、排便だけでも内臓がひきちぎられるように痛むし、なんなら歩くだけでも周辺の臓器に振動が伝わって痛む。日常的に痛みがあるのに、ちんぽを膣に入れてみずから痛みを増幅する気には、とうていなれなかった。