せっかく振ってくれたエロトークだったが、慣れないぼんくら娘は何と答えればいいかわからず困惑するのみだった。
「アンジェリカさんは奴隷とか飼ったことあるんですか?」
「奴隷? ないです!」
驚いてそう答えた夢子に、マコトは少し失望したような表情でいった。
「女性優位だし、帰国子女って書いてあったから、アンジェリカさんはSなのかと思ってましたよ。メールでもグイグイくるし」
「ええー!?」
2杯目の水割りを飲みながらマコトは続けた。
「俺、SMバーに行くの好きなんですよ。女王さまにはいきなり『脱げ!』とかいわれるんで、今日もそうしようと思ってたんです。よければチンチン出しましょうか?」
「いいです! いいです!」
個室でアレを見せたがる
場を盛り上げようというマコトの努力だったのかもしれない。だが女王さまと思われていたことがショックで、夢子には彼の気持ちを慮る余裕もなかった。
そして思い至った。
(「高身長が好き」って、女王さまっぽいS女性が好きっていう意味だったの?)
もしや「高身長」「女性優位」という言葉も、「大丈夫」と同じ符丁だったのだろうか……? そしてさらに「帰国子女」であることや「女性である自分から誘った」ことがさらなる誤解を生んでいる……? 自分は出会いの場におけるコードをそうとも知らずに使い、思いもよらぬ領域に踏み込んでしまったのかもしれない。
「露出とか好きなんで残念だなあ。遠慮しなくていいですよ。俺、全然出しますよ?」
マコトはしきりにチンチン鑑賞をすすめてくる。ちんぽとの邂逅は目標ではあったが、それをまじまじと目視したくなどない。それに「露出」ってなんだ。
(こいつ、チンチン出すために個室居酒屋を取りやがったのか……!?!?)
「フェラチオとか好きなんですか?」
マコトが尋ねたが、もはや夢子の心は完全に閉ざされていた。
「嫌いです!」
フェラについて噛み合わない会話
そんなもの「好き」と答えたら、露出好きのマコトに「じゃあここでやってくれ」といわれかねない。
「でも女の子、フェラ好きっていいますよね
「そんなの接待ですよ! フェラが好きな女性なんていませんっ!」
まったくかみ合わない会話だった。マコトはたばこを立てつづけに吸い、夢子はむくれてカシスオレンジの氷をぼりぼり食(は)んでいた。マコトが3杯目の水割りを頼んだ以外は、個室は沈黙につつまれたままだった。
「早く帰りたい」
会話はすれ違っていても、この思いだけは双方に共有されていたと思われる。