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市川海老蔵・小林麻央夫妻への「なぜ標準治療を受けなかったか」という視線

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小林麻央

ブログの英訳更新も始まった(小林麻央ブログ「KOKORO.」より)

 歌舞伎役者・市川海老蔵(39)の妻・小林麻央(享年34)さんが2017622日に亡くなった。昨日7月3日に初日を迎えた東京・歌舞伎座公演の「七月大歌舞伎」では、夫妻の長男である勸玄くん(4)が、史上最年少の宙乗りを成功させた。今朝の情報番組やネットニュースはその話題でもちきりであった。

 海老蔵が妻の病を公にしたその約3カ月後の169月から、麻央さんは新たなブログ「KOKORO.」を開設。病床にありながらもいくつものポジティブなワードを並べ、ときには楽しげに子供のこと、夫のこと、治療法や体調など日々を綴ってきた。「必ず治る」という彼女の強い信念を感じさせるものだったが、幼い子供ふたりを残してのあまりにも早すぎる死に、歌舞伎界のみならず、多くの人が悲しみにくれた。

 麻央さんの没後1週間以上経ったいま、夫妻には語られることのない「空白の18ヵ月」があったことを複数の週刊誌が話題にしている。

 629日発売の「週刊新潮」(新潮社)は「海老蔵は三度過ちを犯した 小林麻央の命を奪った忌まわしき民間療法」のタイトルで、かなり手厳しい記事を掲載した。記事によると、海老蔵が犯した3つの過ちとは、<1・しこりが見つかっていながら再検査を急がなかったこと><2・標準治療を拒否したこと><2・気功などの民間治療に頼ったこと>だという。

 20142月、人間ドッグを受けた麻央さんの胸にしこりが見つかった。この段階で細胞を調べるなどの精密検査は行われず、医師は半年後の再検査をすすめた。麻央さんが次に検査を受けたのは8カ月後であるが、ガンはすでに脇のリンパ節に転移していたという。このときすぐに治療に取りかかれば5年生存率は90%超であり、病院は当然標準治療をすすめるも、麻央さんは首を縦にふらなかった、という。標準治療とは、手術、抗がん剤、放射線、ホルモン療法、分子標的治療薬を組み合わせた治療のことで、ガンになったと聞けば恐らく誰もが思い浮かべる一般的な治療方法のことである。

 なぜ夫妻は標準治療を拒んだのか。それについては630日発売の「女性セブン」(小学館)が、麻央さんが脇のがん転移を告知された都内A病院の関係者の話として「麻央さんと海老蔵さんは切らない治療を模索していた。女性にとって乳房にメスをいれるというのは大きな抵抗がある。だがそれは病院の方針とはあわず、結局病院を移ることに」との経緯があったと説明。さらに同誌は麻央さんが3人目の妊娠をのぞんでおり、そのため抗がん剤の投与や手術後のホルモン治療などを受けることで今後の妊娠への影響を懸念、標準治療に踏み切ることができなかったのではないかと推測している。

 標準治療を拒否した夫妻はその後のいわゆる「空白の18カ月」の間、気功などの民間の代替医療を施していた、と「週刊新潮」は伝える。同誌は海老蔵がこれまでに風水師や占い師に傾倒していることをあげ、そうしたスピリチュアル傾向が標準治療を拒否し、気功に頼るという選択をさせたのではないかと推測している。「気功でがんが小さくなりました」とのwebページをアップする人物にも取材を試みているが、その主催者が語った気功の内容とは「ベッドに仰向けになった患者さんに私の掌をかざし、気を通していきます。大きなエネルギーが通る背骨の真中をめがけて――」……つまりは気を通して免疫力をアップさせがん細胞の増殖を抑え込むという仕組みらしい。気功にまったく詳しくない筆者でも、いや、詳しくないからなのか、コメントを読んだ瞬間「怪しい」と呟いてしまった。むろん、海老蔵夫妻が通ったとされる気功と同じ場所ではないのだが、おそらくどこでも理論はそう変わらないだろう。「新潮」は気功に頼るうちに病状はどんどん悪化し、気づいたときには乳房から膿が出る状態になってしまっていた――としている。

 ここから先の経緯については、海老蔵、そして麻央さん自身もたびたびブログで発信している通りである。大学病院でのQOL手術の結果、麻央さんは今年6月まで懸命に生きた。

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