数年前、私は異国の地・オーストラリアで大恋愛をした。
相手はオーストラリア人男性のロブ(仮名)。私よりも三歳年上の歯科技工士だった。
出逢いはクラブ。声をかけたのは私からでいわゆる逆ナンっていうやつだ。
(あっ、あの人イケメン……!)
その夜、現地の友人に約束をドタキャンされて一人クラブに来ていた私の目の前に現れたのがロブだった。
同僚の二人とクラブに来ていたロブは、「付き合いで連れてこられた感」が満載で、私が逆ナンする前に他の女性からも逆ナンされていたのだが、困惑気味でどこかぎこちなく見えた。
逆ナン女性がいつしか姿を消していたので、一人クラブでほどよく泥酔していたのも手伝い、自分からロブに声をかけたのだ。
「ハロォ〜」
その瞬間、事件は起こった。
手に持っていたワインを思いっきりロブにぶちまけてしまったのだ。
これじゃ、まるで嫌がらせじゃないか……
ソーリー、と必死に謝りたおす私に、ロブは優しい紳士的な笑顔で大丈夫、と自身のハンカチでワインまみれになった服をふいた。
イケメンで性格いいなんて……この男を逃したくない! 私は即座にそう思った。
恒例の「アイワナファッキュー(やりたい)」の呪文を囁き、ロブとワンナイトスタンド(一夜だけの情事)を果たす。
…………つもりがワンナイトでは終わらなかった。
はじめはお互いセックスするだけの関係だったはずだが、ロブから積極的に連絡がありその後もセックスとデートを重ねるうちに気がつくと私はロブに恋をしていた。
ロブへの恋心が芽生えた事を気づかないふりしていたある夜、いつものように友人とクラブにくりだしていたが、急に男遊びをするのがバカらしくなった。
クラブでいつものように男を探す気になれず、新しく出会う男に声かけられても全くその気になれない。友人は楽しそうに今さっき出会ったばかりの男とダンスをしている。しかし私は………。ロブの事ばっかり考えてしまい、むしょうに恋しくなりクラブの中で号泣してしまった。
胸が締め付けられるように苦しい。
この時、私は自分の気持ちに初めて気がついたのだ。
私はこんなにもロブの事を好きになっていたのか……。
「ごめん、先に帰るわ」
楽しそうにダンスしている友人を置いて、私はタクシーをつかまえて家に帰った。
タクシーに乗っている間も大号泣していたが、運転手は何も言わなかった。
私、今めちゃくちゃ恋してるんだよ。
その人の事が大好きでクラブにいるとなんだかかなしくなったんだよ。
もう他の男に触れられるのも嫌なんだよ……。
心の中で言いながら泣いた。
メロドラマのヒロインそのものである。
そのわずか数日後、私達は正式に付き合いだした。
「僕たちってどういう関係?」
そう聞いてきたのはロブだった。
「セックスフレンド?」
あえてこう答えたのは、照れ臭いのと自分に自信がなかったからかもしれない。ロブみたいないい人が自分に本気になるわけが……
「違うよ。セックスフレンドなんて思ってない。彼女になってほしい。好きだ」
世界が一瞬で桜色に染まり夢見心地になった。マジでヒロインじゃないか。
優しく紳士的でかつ面白いジョークも言うロブ。
私はそんなロブとはれてカップルになったのだ。
ロブは優しかった。
外食デートする時も、「本当にもうお腹いっぱい? 沢山食べてよ!」と大食いの私が満足するまで遠慮なく食べさせてくれるし、私が自分の誕生日を言い出せなくて普通にデートしている時に「今日誕生日なんだ」と言うとわざわざ翌日休みをとって誕生日のお祝いをしてドライブをして川とレストランへ連れて行ってくれた。
誕生日のお祝いで連れて行ってもらった川は、なんていう名前か思い出せないが多分現地の人の穴場なのだろう。ものすごく美しく神秘的な場所だった。まるで絵画の世界に入りこんだよう。時間が川の流れと同じくゆったり流れて私達はしばらく川を眺めていた。空が青く川は透明。なんて世界は綺麗で平和なんだろう。
まるでこの広い世界にロブと私は二人きり。そんなふうに錯覚してしまいそうな不思議な空間だった。
二カ月後、私は愛するロブを残し帰国しなければならなかった。
日本での生活が待っていたし(働かなければならない現実)ビザの期限もあったのだ。
帰国する日、ロブは大号泣してくれた。そしてぎゅっと私を抱きしめながらこう言った。
「まこ、愛してる。必ず日本に会いに行く」
と。
帰国してから、長い夢からさめたような気分になり私は風俗嬢に戻った。
オーストラリアへは、風俗の仕事を休んで休暇として3カ月間訪れていただけなのだ。
その短期間で私はロブと恋におちた。
それは束の間の幸せで、私には風俗嬢としての生活が日本で待っているのだ。
毎日数えきれないちんこを見る仕事。それが風俗嬢である。
手コキ専門店であったため舐めたり舐められたり触られたりするのが禁止のソフトな店だったが風俗である事には変わりない。
そして、私はこの仕事がわりと好きだった。
M性感を売りにしている風俗なためか、自分の技術、いわゆる手コキを必要としてくれる指名客が沢山いる。それが生きがいだった。
オーストラリアでの休暇の分を巻き返すように必死に働く私だったが、オーストラリアにいるロブとの連絡は毎日まめにとっていた。
ある日、「スカイプで話したい」とロブからメールが届いた。
仕事の後で疲れていたが、ロブと話したい気持ちもあったためスカイプにログインする。
カメラ通話でいきなり話しかけてきたロブは、私にもカメラをつけるように促す。
仕事の後の疲れ顔を見られたくなくてカメラはあまり乗り気じゃなかったが、しぶしぶつけた。
私は疲れていたが、ロブは相変わらず元気そうであの頃と変わらない優しくて紳士的な笑顔を見せてくれた。
ロブの顔を見ていると仕事の疲れがふっとぶ。そう思った瞬間だった。
「アイムホニーナウ」
ロブの顔から笑顔が消え、突如真剣な表情になり言い出す。
アイムホニー
I’m horny
ムラムラする、という意味だ。
「えっ?」
苦笑いするしかない私。仕事でちんこを見疲れていたのもあったのかこちらは全くエロい気分になれない。
戸惑うしかない私をさえぎってロブは急にカメラ越しにおちんちんを出してきた。
そして……
「ああっ、最高、気持ちいいよ!」
と言いながらおちんちんをしこりだして、カメラにちんこを近づけドアップする始末。
無修正AVだってちんこドアップはユーザーが望んでないからやらないという。まるでゲイ向けのアダルト動画を見ているようだ。
ロブはシコシコしながらヒートアップし、もうカメラ越しの私は見えていないようだった。自分だけの世界に入り込んだロブが、
「ああっ! オーイエース!」
興奮気味に叫べば叫ぶほど、反比例してさめていく私。
この温度差、まるで北極と亜熱帯地方である。
理性をなくしてスカイプしながらオナニーをするロブは、正直言って普段の紳士なロブの影ひとつなく情けない姿に見えた。なんだかこわい。
あんなに好きだったのに。
私の気持ちはどんどんさめていった。
海底にどんどん沈みゆくような勢いでロブから遠ざかる私の気持ちとは裏腹に、ロブはスカイプオナニーでいま、頂点に達しようとしている。
「イク、イクよー!!」
勝手にイけよ……私は自分のカメラをオフにした。
ロブが出した精液が画面越しにドアップにされる。
イって疲れたのか、
「またね、近いうちに話そう」
とロブからスカイプを切った。
なんだが風俗の延長をしている気分だ……。
それ以来も、ロブは何度もスカイプしようと連絡してきた。はじめはオッケーしていたが、くせになったのか毎回毎回ロブの公開オナニーが始まる。
次第に私はロブの連絡を避けるようになり返信しなくなった。
するとこれだ。
「どうして連絡返してくれないんだ?」
「どうしてスカイプしてくれないんだ?」
「どうして、どうして?」
怒り出すロブ。
あなたの一人よがりなオナニーなんて見たくないんだよ……
とは言えず、なんとなく別れられずにいた。
そしてロブは本当に日本まで会いに来てくれたのだが……。
私も実際ロブにもう一度会えばあの時の恋心が戻るかもしれないと心のどこかで信じていた。
しかし…………
一度、海底まで落ちた恋心はもう浮上しない。せっかく来日したロブと度々些細なことで喧嘩になり、二人の溝はあっという間に深まった。それがロブに会う最後となった。
大きな家を買うから一緒にオーストラリアで暮らして欲しい。
日本に来た時にロブはそう確かに言った。
あの頃……オーストリアにいた頃と変わらない誠実そうな笑顔で。
もしも、この世にスカイプがなければイエスと言えたかもしれない。
あんなロブの欲望むきだしの姿を見なくてすんだのだから……。
いや、スカイプに限った事ではない。
セックスだろうとオナニーだろうと、自分よがりの欲望むきだしを相手に押しつけるような人は百年の恋がさめるのも仕方ない。
うん、私も気を付けよう。