
(C)河井克夫
しぇー子が泊まりにくるようになってもう半年近くになる。
相変わらず夜中に急にやってきては、俺のベッドに潜り込み、しかし決して体を許さず、なぜか俺に「お話」をねだっては、聞いたり聞かなかったりして、寝てしまう。俺も最近では完全にそれを許してしまっている。
「しぇー子は、あれだね。猫みたいだよね。」
ある夜、俺が仕事をしていると、酔っ払ってやってきて早々にベッドに潜り込んだしぇー子に、半ば呆れながら俺は言った。締切が近いので、今夜はしぇー子をどうこうしようという気はおきない。明日までに何枚か書いて編集に見せないとやばいのだ。
とはいえ追い返すことまではできないのが俺の弱みで、一旦は「仕事してるから、勝手に寝ろ。」と言って机に向かっていたものの、気分転換を言い訳に仕事の手を休め、コーヒーを淹れ、カップをすすりながらベッドに腰掛けて、しぇーこに、そう話しかけた。
「なにそれ。」
「呼ばないのに勝手に来るし、来たからっつっていう事聞かないし。触ると逃げるし。」
「あたし、猫キライ。」
「へー。意外だな。猫好きそうなのに。」
「猫はあたしのこと好きだよ。野良猫よく寄ってくるし。でもこっちは好きじゃない。うまくいかないよね。」
「…俺のこと言ってんの?」
「笹王さん猫なの?」
「いや、猫じゃないけどさ」
「笹王さん、うさぎっぽいよ。」
「なんで」
「目、赤いし。」
「寝てないからだよ。ほっとけよ。」
「飼うんなら犬がいいな。大きい犬。小さい犬キライ、うるさいもん。」
「ふーん」
「ね、犬の話して。大きい犬の話。」
「忙しいんだよ。締め切りがあるんだよ。」
「そんなのすぐ書けるよ。笹王さん才能あるから。」
「なんだよ、こないだは才能ないっつってたぞ。」
「ねえ、してよ、お話。」
「…。」
俺はせめてもの嫌がらせに、「大きくなった小さい犬」の話を始めた。
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