だが、おかげでホテルの部屋に入ってからも、男性嫌悪を感じるときの、鳥肌、悪心、震えなどの身体的症状は出なかった。なにより、先ほどまであんなに悩まされていた吐き気がないことに驚いた。
「密室に男といて胃液がこみ上げないのってこんなに楽なのね! まだ若くてオトコオトコしていない男性なら、私はPTSD特有の症状で具合が悪くなることはないのかも!」
これは夢子にとっては天啓である。
ホテルの薄暗い部屋で、新発見に感激していると、舐め犬さんが口火を切った。
「いつもはどういうふうにしてるんですか?」
「私、10年くらいセックスレスなんですよ」
夢子が言うと、「えっ、でもひとりではしてたんでしょ?」と舐め犬さんが驚く。「ひとりでは年に一回くらいでしょうかね」と答えると、「えええええっ!」舐め犬さんは驚愕するのだった。
以前もどこかでこんな会話をした気がする。と思いながら夢子は本題に入った。
「あのう、どういう内容で進むかあまりわかってないんですけど、まずシャワー浴びたほうがいいですよね?」
「んーん、このまま……」
最後のほうは聞き取れなかった。舐め犬さんがさっと膝立ちになり夢子の股間に顔を埋めたからである。気がつくと、夢子は全裸でベッドにいた。舐め犬さんはフル着衣のままである。
名前のとおり、舐め犬は性器を舐めるのに徹するらしい。外側を刺激されても俺に快楽は届かないがな。まあ夢子が気持ちよかったならいいんじゃないか。俺が危惧したような性的逸脱行為もなかったしな。
「本番とかしなくていいの?」
と夢子が聞くと首を横にふりながら彼は答えるのだった。
「舐め犬ですから」
「舐めるだけだとフラストレーション溜まらないの?」
「挿入嫌いなんですよ。僕、変態ですから」
と、いう。
クンニは世界一エロい
「別に変態じゃないよ。こういう活動する男性がいることで救われる、すごーく切羽詰まった女性もたくさんいるだろうし」
と夢子が言うと「?」という顔をされた。おそらく舐め犬さんは、夢子が性欲発散のために彼と会っていると思っている。「どうして舐め犬になろうと思ったの?」とつづけて尋ねた。舐め犬さんはこう言った。
「舐めるってすごくエロいじゃないですか。フェラよりも、女性が男性に舐められる『クンニ』のほうが美しいし、世界でいちばんエロいと思うから。」
この世には挿入が嫌いな男性や「クンニ」に対して美学を持つ人がいると初めて知って夢子は驚いた。
舐め犬さんがクンニを専門にしているのは理解した。しかし自分で応募しておいてなんだが、「インターネットで募集をかけ、街に出、不特定多数の知らない女性の性器を舐める」原動力がなんなのか想像もつかなかった。この舐め犬さんはイケメンなんだし、彼女やセフレをつくって舐めたいだけ舐めればよいのではないか……? など疑問は多々残ったが、次々質問するのもなんなので黙った。
舐め犬さんは、一心に夢子の外性器や太ももと対話しているようだった。2時間ほど経っただろうか。突如、舐め犬さんは夢子(のおまんこ)からぱっと離れた。先ほどの愛想のよい姿は消え、無言でたばこを吸い、下をむいてスマホをいじりつづける。夢子が話しかけてもこちらを見もしない
(絵に描いたような賢者timeだ!)
夢子が少し面食らっていると、舐め犬さんはチベット砂狐のような目で告げた。