
果たしてちんぽは届くのか。イラスト/大和彩
子宮内膜症を抱えて生きるのは、サイドブレーキを引いたままで車を走らせようとするようなものだ。アクセル踏み込んでエンジン全開にしようが、ノリのいい音楽をかけようが、車は前に進まない。性生活なんて営めたもんじゃない。
夢子はそんな状態でずっと生きてきた。そろそろサイドブレーキである俺からヤツを解放してやる時だ。そうだろ?
* * *
よう、また会ったな。子宮だ。
Congratulations! 我々はやったぞ! “まんこにちんぽをジャストミート”計画、前回めでたく達成となった! 俺たちグッジョブだったな、夢子!
しかしハイタッチしようと上げた俺の卵管は、むなしく空を切った。夢子は浮かない様子だ。
「私、あれで目標達成したと思ってないから」
一体、何を気にしてるんだ? まんこにちんぽが入ればテクニカル的にこの計画は成功、そうだろ?
夢子は反論する。
「ううん、この計画は、子宮摘出“前”と“後”とで性的興奮に違いがあるかを検証するのが目的だよ」
ああ、確かに、前回は男女いずれも性的興奮状態には至ってなかったな。
「そうだよ。あんなカラカラの鳥取砂丘じゃ検証にならないよ」
まあそれもそうだが……手術は来週だぞ、クレイジーだ! もう入院の準備に専念しろよ。おっとその前に確定申告もしなきゃいけなかったはずだ。
ヴァイオリンと北欧のギャラリー
「私たちこれでお別れなんだよ! 最後にもっと実のある思い出を子宮壁と卵管に刻み込みたい! そうじゃなきゃ、卒業していく子宮へのはなむけにならないよ!」
「気持ちだけで俺は十分だ! さっさと確定を申告して入院の荷物をまとめろ!」
我々がわあわあ言い争っていたら携帯がブブブと唸った。夢子が使用しているマッチングアプリに新しいメッセージが届いたようだ。
メッセージに添付されていた写真には、夢子好みの細身イケメンが微笑んでいた。「年上のお姉さん好きな、若い中性的イケメン募集」というなりふり構わない文言に応募してきた人間だけある。なかなかのハンサムだ。アートギャラリーのような場所で撮影されたその写真は、背景のとろみ具合から一目で高価な一眼レフで撮ったものだとわかる。
夢子がメールを読む。
「なになに『趣味はヴァイオリン……この写真は北欧でギャラリー巡りをした時のものです』。文化的素養のある細身美青年! 逸材が現れた……! 私、この人と会う!」
そう宣言し、意気込んで青年とのMTGをセッティングしている。夢子の腹の中、俺は溜息をついた。
屈折していない美青年とラブホに
「えっ、今って不況ですか? 僕、不況って実感したことないんですよね」
夢子は度肝を抜かれた。最初のメールやりとりから数日後、約束の場所で無事、落ち合えた彼とのよもやま話中のことだ。今の若者は、不況慣れしすぎて実感がないのだろうか。目が限りなく澄んでいて、屈託のない笑顔でよくしゃべる。これが命の輝き……? 久しぶりに屈折していない人を見た。
それとも……夢子は思った。彼は、ひょっとしてどこかの国の王子さま? そう、夢子には、手に負えない妄想癖がある。だが彼の高価そうなコートや靴、そして何の影もない明るい表情を見るにつけ、夢子は王子説以外考えられなくなってゆくのだった。
王子さまは待ち合わせ場所に悠然と現れた。すさまじい落ち着きだ。これまでの男性のようなそわそわと浮ついた空気がない。エロさの微塵もないおっとりした様子、しかも輝くような笑顔。性的な秋波が何も感じられないのだ。オーラがあまりにも麗しく、健康的だった。
(ひょっとして私、ものすごい勘違いしてた!? 散歩を楽しんだらそのまま解散するのかも?)
という夢子の不安は無用だった。王子のリードにまかせててくてく歩いていたら、ちゃんとホテルの前にたどり着いた。
「じゃあここにしましょうか」
王子は白い歯を煌めかせながら言った。ホテルに入る時もほのぼのしたムードは変わらず、2人ははにかみ合った。
「えへへ、なんか恥ずかしいですね」
「ね、恥ずかしいね」
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